私の名は早瀬和巳。
 翔峰大学史学部二年の大学生だ。
 私のモットーは人生明るく、楽しく、お気楽に。
 無理なことは頑張ったって疲れるだけじゃあないか?

「台場でおもしろそうなイベントやってるぞ、いますぐ行かないか! 祐樹、冴!」
 しかし目の前の二人はお気楽な和巳の言葉に耳をかさない。
「で、この公式はどこで使うんだ?」
「ここだよ、こうすれば解けるじゃないか」
「なるほど」
 二人は机を囲んで何か問題を解いている。どうやら数学らしい。
 どうやら祐樹が冴に教えているようだ。
「うん、わかった、さすが祐樹。でこっちの問題はどうやるんだ?」
 冴は次の問題をペンで指し示した。
「ほら、きみの好きな絶叫系アトラクションあるぞ、冴」
「・・・数学は絶対赤をとりたくないんだ」
 冴は憂欝そうに前に垂れ下がった髪をかきあげる。
「祐樹、おまえがいつもみてる番組の特設コーナーもあるぞ」
「赤点組は補習でもあるの? じゃあ気合い入れないとね」
「お、これうまそー、激辛カレーだって!」
「冴もやればでき・・・」
「プールもいいなあ、冴、せっかくだからビキニ着ない?」
バンッ!
 突然、祐樹が教科書を机を激しく叩きつけた。
 そのままゆらりと立ち上がると、口元に怪しい笑みを浮かべて和巳の前に立ちはだかった。
「いいかげんにしてくれないかなあ、兄貴」
 雑誌を弟に向けて広げたままの固まっている和巳。
 だがあいにく彼の辞書には懲りるという言葉はない。
「なーにはずかしがってんだ、おにーちゃんが冴の美しいビキニ姿と一緒に写真とってやるから、な?」
 ぶちっと何かが切れる音がした。
 いち早く冴は危険を感じて急いで耳を塞ぐ。
 祐樹はゆっくりと息を吸い込み、一瞬止めた。
「俺たちは試験勉強中だーーーっ」
 祐樹の絶叫が家中に響き渡った。建物がびりびりと震えている。
 彼の絶叫をまともに食らった和己はあまりの大声に後ろにひっくり返ってしまった。
一瞬の静寂をおいて祐樹が床にのびている兄の胸ぐらをつかんで引き起こした。
「兄貴、わざわざ隣の冴の家にきて、試験中の俺たちをおちょくりにきたのか?」
 冴はというとめずらしく切れた従兄をまるで珍獣を見るような目でみつめている。
「そういえば俺が勉強しているときに限って何かと邪魔してくるよねえ、何? つまり兄貴は俺たちを落第させたいわけ?」
「大事な君たちにそんなことするわけないじゃないか」
 両手を左右に大きく広げて驚いたポーズをとる和巳を祐樹は冷めた目で見つめる。
「ふぅーん、じゃあなあに?」
 すくっと胸元をなおして立ち上がり、二人を見下ろしながら宣言した。
「青春は短い そんな貴重な時間を勉強にあくせく費やしてどうする。人生楽しく生きなければおもしろくないじゃないか」
 あぜんとする祐樹にむかってさらに言葉を続ける。
「いまさらじたばたあがいたって、どうせできないんだ。時間の無駄じゃ・・ぐわっ」
 ごん、と鈍い音を立てて和巳が床に崩れ落ちた。
 驚いたように祐樹は隣を見やった。そこにはこぶしを作って立っている冴がいた。さすがにもう黙って入られなくなったらしい。
 言ってもわからない奴には実力行使がモットーの彼女は呆れたように言い放った。
「さっきからきいてれば勝手なことばかりだな、私が数学落としたら和巳のせいだぞ」
「え!?」
「そうしたらしばらくうちには出入り禁止。口もきいてやらないからな!」
「そ、そんなぁ」
「当たり前じゃないか とにかく邪魔だから兄貴は出てってよ」
 とどめとばかりに弟にも冷たく言われ、和巳は潤んだ瞳で哀れみを訴えた。
「・・・二人だけ仲良くしてお兄ちゃん淋しいんだよぅ」
 どうやらそれが本音らしい。祐樹と冴はそろって重いため息をついた。
 眼をうるうるさせながら、和己は兄としてのプライドはどこへやら、がっしりとその巨体を弟の足にしがみつかせた。
「しつこいよ! 兄貴」
 必死に叫びながら足にしがみつく兄を振り払おうとする。
 だが力だけはいっちょまえにある兄はなかなか離れてくれない。
「そうだな、試験がおわったら付き合ってもいいぞ、お台場」
 ぽつりとつぶやいた冴の言葉に和巳が飛び付いた。
「本当?!」
「冴ッ」
 にっこり笑って冴はただし、と言葉を続けた。
「これから言うこと守ってくれたらだけどな」
「はいっ、なんでもやります、やらせていただきます!」
 犬みたいにしっぽを振らんばかりの和巳は張り切って答えた。
「まずは勉強中は私と祐樹の邪魔はしないこと」
「はいっ」
「次に・・・」


「和巳〜、ごはんまだ〜?」
 冴が居間から台所に向かって叫んだ。
「はいっ、ただいま!」
 きびきびとした声で和己が返事をした。
「デザートは桃のムースがいいな」
「はいっ、作らせていただきます!」
 エプロン姿で台所を動き回る和巳。
 居間で勉強をしている冴はご機嫌だった。
「よかった、母さんが一週間いなくてご飯どうしようかこまってたんだ」
「だからって」
 不満そうな祐樹をなだめるようににっこりと冴は微笑んだ。
「和巳は料理の腕前だけはいいからな、これから一週間お手軽でいいだろ?」
 お台場でも全部おごらせるしな、と言われて絶句する祐樹。
 遊んでほしくて台所で忙しく働く兄が情けなかった。
 これが自分の血のつながった兄なのかと思うと涙が出てくる。
「二人ともご飯できましたよ〜」
 台所から和巳の声が呑気に聞こえてきた。
お手軽な僕ら
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