あの門屋の騒ぎからしばらくたった晴れた日のことだった。
 父親から突然話があるといわれて部屋へ赴いた。そこで彼の前に差し出されたのは紫色の袱紗に包まれた細長い棒のようなものだった。
「これが門屋から借りた五両の金の使い道だ」
 そう言って包みが開かれると、そこに現れたのは黒塗りの鞘に収められた一振りの刀だった。
 抜いてみろと促されて彼はすらりと刀身を引き抜いた。よく磨かれた刃が蒼くきらめいた。
 鋭利に研がれた刃は見事な文様を描いている。少々古めいてはいるが柄の拵えも立派なものだ。
「真面目に剣術をやっているおまえに刀の一つでもやろうと思ってな。目の確かな商人によいものを探して貰ったのだ。その腰に下げている刀はあまり質がよくないし、剣術を目指すのであればよい刀を持たねばならないだろう。どうだ、気に入ったか?」
「・・・・・・あ、ありがとうございます。ありがたく頂戴いたします」
 父がそこまで考えていてくれたのかと思うとすこし胸が熱くなった。
 いいかげんな性格だと思っていたが少しは見直してもいいかもしれない。自分のためにであれば勝手に証文の保証人にされた件も目をつぶろうと思った。
「なんにせよ、結果的に門屋の妖怪退治をやったおかげで借金もなくなったわけだ。早く借りた金を速水殿にも返さないとならない」
 大事に扱えよ、と言ってぱたぱたと扇を仰いだ。
 あの後、門屋から報酬として送られてきた金はゆうに百両を下らない。少々額が多すぎる気がしたが、父親があの店であればこれくらいが相場だというので、この道の門外漢の冬馬は口をはさまなかった。
とりあえずはその金で古くなった本殿を修理することができるからよしとしよう。
 刀身を鞘に収めて冬馬は父親の前から退出しようとした。
すると父親が何か思い出したらしい。待て待てと出ていこうとする彼を呼びとめた。
「なにか?」
「その刀の来歴を話していないと思ってな。まあ、いろいろ輝かしい歴史があるのだよ」
「この刀の・・・・・・来歴?」
 何かイヤな予感が頭を横切った。
「その刀はな、戦国期の頃山に住まう鬼を退治した時使われたという曰くつきの刀らしい。鬼の首を取ったとき、その鬼の血を浴びて人の世にあらざる力を持ったそうだ。つまり商人の言うところその刀は妖異の血を異常に求める。妖異と見るや切り殺さずにはいられない。勝手に妖異の群れに飛びこんで死んでしまった刀の主もいるとかいないとか」
「・・・・・・で、父上はそれを全てわかった上で買った、と?」
「そりゃあ、おまえの妖異退治にはもってこいの刀だと思ってな。即決で買ったわ。大丈夫大丈夫、そいつもおまえを気に入った見たいだぞ」
 不気味な刀はこころなしかひたりと冷たく肌にすいつくような感じがした。
「この間の件でおまえはまあ未熟ながらやっていけるとわかった。術ではなく剣術でというところが少々歴代と変わっているが、その刀もあるし平気じゃろう。ともかく父はおまえが立派になってくれてうれしいぞぉ」
 どこまでものんきに、人事のように言う父親に対して、冬馬の頭のどこかで何かの切れる音がした。
 親として見なおしたと思った。やはり子供のことを思う人の親なのだと思ったりもした。だが、それはどうやら間違いだったらしい。
「どうしてそうあなたはいつもいつもそういうことをするのです? 俺をからかっている、それとも怒らせたい?」
 低く静かに冷静に、冬馬は一言一言をゆっくりと呟いた。自ら気持ちを落ちつかせていないと理性がいつ飛ぶかわからない。
 しかし春光はすっとぼけた声でにっこりと笑った。
「愛情だよ、麗しい親子愛じゃないか。そら、可愛い子には旅をさせろというだろう?」
 ぶちりと音を立てて堪忍袋の緒が切れた。肩を震わせ拳を力いっぱい握り締めて冬馬はおもいっきり叫んだ。
「少しでも尊敬の念を持とうとした俺が馬鹿だった! 今後絶対に親父を見なおそうなんか思わないからなーーーーっ!」
 押さえきれず怒り爆発した冬馬の怒号は、遠く神社の森の向こうまで響き渡ったという。


―――― 終 ――――
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