「――――お、親父?」
 扉を開けるなり冬馬の素っ頓狂な声がその場に響いた。
 蔵の外に待ちうけていた父親を意外なものを見たかのように、胡散臭げに見つめている。
 片手を軽く上げて、満面の笑顔で出てきた二人を悦ばしげに迎えた。
「すごいの。まさかほんとに退治できるとは思わなかったぞ」
「何でここにいるんだよッ」
「近くに用事があってな、そのついでにおまえの様子を見に来た」
 父上様ぁと呼びかけながら、水葉もとい千夏が春光に飛びついた。戻ってきた時にはもう人間の少女の姿をしていたようだ。
「おお、千夏も怪我はないか、ん?」
「あのね、すごいんだよ。冬馬お兄様、ぶわーっとおーきな妖怪を刀で叩き切っちゃったの」
「そーか、それはすごいな。話は屋敷に帰った後で聞こうかの」
 千夏を抱き上げて、彼は穏やかに冬馬を見やった。
「おまえが退治してすぐに門屋の者の病は治ったそうだ。よくやったな、冬馬」
 父に誉められて冬馬は思わず赤面した。顔が真っ赤、と笑う千夏を睨んでだまらせる。
(誉められたことなんて、久しぶりかも)
 うれしくないといえば嘘になる。
 いままでこういった類に才を見せないでいた自分が誉められるなど思ってもいなかった。
 冬馬の顔には自然と笑顔が浮かんでいた。
 彼らが蔵から離れて角を曲がったところで店主と番頭が苦い物でも噛み潰したような顔で待っていた。
 その様子を見るや春光はいかにも嬉しげな様子でぱらりと扇を開いた。
「約束のこと、忘れずに頼みますよ」
 その言葉を聞くなり、店主はぎりぎりと歯を食いしばった。大声を上げるのをなんとか堪えながら低い声でうめいた。
「わかっております」
 そのやり取りを聞いていた冬馬が不審に思って父親に聞いた。
「何のことだ? 親父」
「お前は気にせんでいいぞ」
「気にするなって言われても・・・・・・」
 どうもきな臭い匂いがするが、満面の笑顔の父親が素直に口を割るとも思えない。しかたなくその場は引き下がった。
「さっさと家に帰りましょ!」
 せかす千夏に引きずられるようにして冬馬たちは岐路についた。


「全ての始まりは門屋に雇われた者たちによって藤塚を破壊されたことから始まったのだ」
 屋敷に帰ってから父親からことの真相を聞かされた。
 郊外の地に別宅を建てようとしたところ、元々そこにあった藤塚が邪魔となった。壊そうにも土地の信仰の厚い塚を破壊するのはまずい。そのため、夜中にひそかに壊そうとした。
「ところがそこにあの化け物が封じられていた。塚の封印から解かれた化け物はまっさきに門屋へ取り付いたのだ」
 あいつを再び封じるために来たと千夏は言った。あの塚を作ってあそこに化け物を封じ込めたのも千夏の、いや水葉の一族たちなのだろうか。
 ちらりと視線を投げると、彼の意を汲み取って少女は意味ありげな微笑を返してきた。そのとおりだと言いたいのだろう。
「それにしてもどうしてそんなにくわしくご存知なんですか」
 当然といえばしごく当然の疑問だ。
 冬馬は父親をじっと見つめて答えを待つ。だが簡単に白状する父親ではない。
「さあて、わしはいろんなことを知ってるからの。こういう仕事をしていると噂話にはことかかんのでな」
 ほっほっほ、と笑う父親を前にがっくりと冬馬は首をうなだれた。


 遅くなりすぎた夕食を作るために冬馬が席を外した時、春光は自ら養女にした少女に人差し指を口に立てながら言った。
「おまえには事の真相を教えておこうかの。どうせあとでしつこくせがんでくるのは目に見えておるからな」
 よっこらせと千夏を膝に座らせて春光は独り言を言うように語りだした。
「門屋はの、新しく造る別宅を禁制品の保管場所にしておこうとしたのだよ。禁制品を扱うことは非情に危険でだが、かなりの金になるからの。誰にも知られるわけにもいかなかった。だから藤塚を壊すのも隠密理にし、新しい別宅が門屋のものと悟られないように持ち主の名を変えるよう工作しておったのよ」
「・・・・・・あっきれた。それで人の死にがでるような騒ぎが起こったのね」
「あの主も番頭もまさか化け物のせいで計画が狂おうとは思ってなかっただろう」
 ぱたぱたと所在投げに足を動かしながら千夏は聞いた。聞いてみたいことは一つ、門屋と春光の交わしたやり取りについてだ。
「それで父上様、約束って何のことですか?」
「ちょいとこの件について話したら門屋の主が黙っててくれというのでな。その見返りを金で欲しいと頼んだのよ」
「それは脅したっていうんじゃ・・・・・・」
「悪いことを企んでおるやつらに遠慮はいらんよ」
 そんなことを平気で言う養父をうろんげに見上げながら千夏と名乗る狐の少女は思った。
(もしかしたら一番とんでもないのはこの養父じゃないのかしら。私のことも人間じゃないってことくらいとっくに感づいているんじゃない? そうでもなければ年端もいかない子供にこんなこと言ったりしないわよ)
 夢の中にまで干渉する力まで持つ人の考えはさっぱりつかめずにいた。しかし分かっていることはただ一つ。
(まさにこれは史上最悪の狸親父だわ。冬馬も苦労するわね)
 それでもまだ人間のふりをやめる訳にはいかない。はっきり正体を暴かれるまではこの養女ごっこの状態を続けることに決めた。
「そういえばどうしてお兄様にはこのこと言わないの?」
「冬馬にか? あやつは変に生真面目な奴だからの。こんな話をしたら信義がどうとか言って怒りだすに決まっておる。後々が面倒だ」
 たしかに、と千夏も思わずその言葉にうなずかずにはいられなかった。
 この人は紛れもなく冬馬の父親だ。そう思わずにいられない一言だった。
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