「なあぁぁぁぁいっ!」
 怒号のような叫びによってこの家の静けさは破られた。
 続いてどたどたと階段を駆け下りる騒々しい音が鳴り響く。そしてすぐさま、ばんっと大きな音を立ててリビングの扉が開いた。
「姉さん、オレの服どこにやったんだ!?」
 寝巻き姿のまま叫んだ遙はリビングのテーブルでお茶を飲んでいる姉のそばに駆け寄った。
 彼女は彼のほうを振り向いて、ゆっくりと優雅に首をかしげた。
「あら、私はあなたに代わって全部荷造りしてあげただけよ。昨日、あなたが必要なものを全部宅急便で先に送っておいたから、そうね、今頃寮に届いているはずよ」
 やってあげたのになにをいっているのか、といわんばかりの笑顔。
 たしかにそれは前日までまったく荷造りしていなかった自分のせいかもしれない。けど。
「だからって、オレの服全部送っちゃっただろ! オレ今日は寮に行かなきゃいけないのに服ないんだぞ。このパジャマでいけっていうのか!」
「かわいいじゃないそのお猿さんのパジャマ。あなたにとっても似合うわよ」
 ちょんと後ろの尻尾をつまみ上げて姉はくすくす笑った。
「これはオレが買ったんじゃない、母さんだ! だいたいこれ着て外歩けるけるかっ!!」
「じゃあ、私の服を貸してあげてもいいわよ。そうねえ、白いレースのワンピースなどいかがかしら? あなたは肌がとても白いから似合うかもよ?」
「・・・・・・冗談だろ?」
「私は冗談は言わないわ」
 さらりと言ってはいるが、目は本気のようだった。このままだと有無を言わさずワンピースを着させられかねない。
「大きな声を出してどうしたの?」
 騒ぎを聞きつけたのだろうか、鈴のような声をした母親が顔を出した。もう40歳になるはずなのにまったくそう見えない。20代でも通りそうなくらい幼顔の母親である。
「遙、もう出かける時間じゃないの? まだパジャマのままで平気?」
「それが・・・・・・服がなくて・・・・・・」
 事情を説明すると母親はぽんと両手をたたいた。
「服ならあるわよ。この間、涼子と買い物行ったとき、あなたに似合いそうな服があったから買っておいたの」
 ちょっと待っててと言って、すぐに隣の部屋からどこかの店のロゴの入った袋を持ってきた。袋から出てきたのはフードの着いた上着とロゴの入った長袖のカットソーとジーンズだった。さらに帽子まである。
 また勝手にオレの服を買って、と思ったが、今は何よりもありがたい。
 時間がないので隣の部屋でさっさと着替えた。
 戻ってきた遙を見るなり、母親は目を輝かせて喜んだ。
「やっぱり、よく似合うじゃない」
「ねえ、なんかこれちょっときつくない?」
 そういって体を見回してみる。
 入るには入ったがどうも服がぴっちりしているような、それに上着にはきらきらとした飾りがついていて、色もやけにカラフルな気がする。
「ごめんね、サイズがあわなかったのかしら。でも店員さんが今流行の服だからって薦めてくれたのよ・・・・・・たしかによく似ているわ、あなたのいうとおりこの服を着ると特に。ねえ、涼子」
 母親が目を細めて笑いながら、傍らの姉に同意を求めた。
「そうね、とっても似合うわよ、遙」
 姉もまたにっこりと笑う。
 流行にはとんと疎い自分には似合っているのかもどうかもよくわからない。
 でも確かにこの服はどこかで見たような気がするんだが。自分が見たことがあるということはどこかで誰かが着ているのを見かけたのか。そうだっただろうか。
 そのとき母の発言に何か引っかかる言葉があるのに気がついた。
「似てるって誰に?」
「あら、もうこんな時間。遙、もう出かけないと間に合わないわよ」
 不意に姉に言われてはっと時計を見ると、もう一時をすぎている。
「やばっ、急がなきゃ」
 自分の部屋に駆け上がって、急いでカバンに必要なものを詰め込むと、遙は急いで玄関に向かった。
 慌てて靴を履いていると、後ろから姉に声をかけられた。
「遙、挨拶もしないで行く気なの? 私は学校で会えるかもしれないけど、お母さんは休みまであなたに会えないのよ」
「あ」
 振り返ると玄関の前の廊下に二人が立っていた。母親を見ると少し目が潤んでいる。
 それもそのはずだ。
 今までずっと一緒に住んでいた息子が高校に入ると同時に寮に入るために家からいなくなるのだから。
 けっこうのほほんとして何にも動じない母親だけど、やっぱり寂しいんだな。
「じゃ、行ってくる。母さんも元気で。休みには必ず帰るから」
「ええ、待ってるわ。体に気をつけてね」
 ふわりと笑った。その笑顔がうれしかった。
「うん、いってきます」
 ガチャリ、と扉を開けると、目に真っ白な光が飛び込んできた・・・・・・。
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