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 桜の花びらが風に舞い降りている。
 花吹雪はあたりを薄桃色に染めようとしていた。
 ぽかぽかと日差しがとても暖かい。うららかな気持ちのよい春の日だ。
 両側に桜の木が植えられた門には古い木の看板が立っていた。そこには風雨に晒されてすこしぼけた字でこう書かれていた。
 翔峰学園付属清花寮。
 その門の向こうには同じくらい古そうな木造の四階建ての建物がそびえていた。
 建物の中はなんか騒々しいような感じがする。どたばたとたくさんの人が門に面した廊下を歩き回っているようだ。
 そして寮の玄関の前には何をするでもなく二人の青年がのんびり立っていた。
 ただじっと前を見つめて誰かを待っているようだ。
 ひらりひらりと彼らの目の前を桜の花びらが舞い落ちる。
「今日はこんなに気持ちがいいのに、ただ突っ立ってなきゃならない俺たちってなんなんだろうねえ。もったいないと思わないか?」
 あくびをしながら一人の青年が傍らの青年に声をかけた。
 だが彼はそれに答えなかった。じっと手にしている黒い手帳を眺め、時折何かを記入している。
「ったく、さっきからなにやってんだか。漣君は」
 見せなさい、と手を伸ばすが、手帳を頭上に持ち上げて軽くかわされてしまった。
 手帳を見られなかったので口を尖らせて抗議の声を上げる。
「見たって減るもんじゃないだろ。大体前から思ってたけどその手帳に何が書いてあるんだ?」
 漣と呼ばれた青年は少し眉を寄せながら、手帳を閉じた。
「減るな。これは企業秘密だ」
 ちっと舌打ちして青年は両腕を頭の後ろで組んでふてくされた。
「あーあ、退屈だ」
「なにが退屈だ、鈴森。新入生は全部来たか」
「早川先輩」
 後ろから肩をたたかれて彼が振り向くと、そこにはたくましい体つきをした上級生が立っていた。彼がこの清花寮の現在の寮長である。とても高校生とは見えない。
「いえ、まだ一人来ていないようです」
 彼のかわりに漣が名簿を見ながら答えた。そうか、とつぶやいて軽くため息をつく。
「まあ、こんな天気がいいとそういいたくなる気持ちもわからないではないがな。とにかくあと少しだからしんぼうしろ」
 ぽんぽんと肩をたたかれた。
「受付は三時までだ。時間になったら集会室へ集合しろよ」
 じゃあな、といって建物の中へ入っていった。
「相変わらずすごい力だな。軽くたたいたつもりだろうけど、結構痛かったぞ」
「お前がだらけているからいけないんだろう、海都」
「はいはい」
 それにしても、と海都は言った。
「今年は面白い奴らが多そうだな。くせのありそうなのが何人かいたぞ」
「まったく、ここが今まで以上に騒々しくなりそうだな」
「おーやぁ、そんなお前だってけっこう騒ぎが起こるたびに面白がっているだろ?」
「あいにくだがオレはお前ほど人に関わるつもりはない」
 キッパリと連は言い切った。だが海都はなおも食い下がる。
「本当に、そう思っているのか?」
 海都は口元で軽く笑った。だが漣はちらりと彼を一瞥しただけでそれに答えない。
 なにかいえよ、と言おうとして漣が自分ではなく違う場所を見ているのに気づいた。視線の先を追うと門のところに誰か立っているのがわかった。
 だが目深に帽子をかぶっているために顔がよくわからない。
「あれ、最後の新入生か?」
「そうかもしれないが、入ってこないな」
「じゃあ、聞いてみるか」
 漣をそこに残したまま、海都は小柄な人影に近づいていった。
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