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「さあさ、新たなる寮生活のためにかんぱーい!」
 海都が音頭をとって、飲み物の入った紙コップが頭上に四つ掲げられた。
 例の騒動から二日後の午後、306号室の住人は折りたたみ式の小さなテーブルを囲んで、ささやかながら親睦会をしようとしていた。遙と海都のほかに、隣の部屋の咲岡と永見も呼ばれている。
 先輩たちがもってきたビニール袋からはジュースやらお菓子やらつまみやらいろいろなものが出てくる。買いすぎだよと思いつつ眺めていた遙はそこから出てきた缶を見て一瞬目を疑った。
「先輩それ・・・・・・」
 あきらかにそれは寮則違反、というより、法律に引っかかるものではないのか。
 だが海都はああ、と何気なくつぶやいてにっこりと笑った。
「これもジュースってことで」
 誰にも言うなよ、と目が訴えている。苦い泡の飲み物の入った缶を当然のように受け取る咲岡。先輩二人に無言の圧力をかけられて、さすがの遙も何も言えなくなってしまった。
(いつもこんなことやってたのか、この二人は・・・・・・)
 生真面目な永見などはそれが袋から出てきた瞬間に青くなってしまって、頭を思いっきり左右に振って断固拒否。
 遙もそういうものにはまだ興味はないため、新入生二人はおとなしくコーラを飲んだ。
 話題は自然と二日前のあの騒動のことになった。
 実は写真をとっていたのは永見らしい。咲岡先輩に無理やり巻き込まれて、隠れたところでカメラで写真とっていたそうだ。
 そのため永見も立派な共犯者ということでこの宴会に呼ばれたらしい。
「しっかし、あれ以来あの先輩たちもおとなしくなったな。お前の顔を見ただけでこそこそ逃げるんだもんな」
 海都が咲岡の肩をたたくと、彼は口元に笑みを浮かべただけで何も言わなかった。
 それを聞いて遙はむっつりとした表情で海都を見やった。
「俺は納得いかないですよ。あいつら結局処罰なしですか?」
「仕方ないさ。あれが公になればその原因になったお前の入寮式の一騒動も学校側に報告せにゃならなくなるからな。入寮式の件は寮長が独断でうやむやにしてくれたのに、この件で蒸し返したら特待生のお前の学校での立場が悪くなるだけだ」
 下手すれば特待生の待遇が取り消しになる恐れがあるからな、と海都は言った。
 それに同意して咲岡も頷く。
「これに懲りて少しはおとなしくするんだな、皆月君」
「えぇ、無理・・・・・・ですよ」
「初対面でいきなり君に投げ飛ばされたにもかかわらず、親身になって面倒を見てくれる海都の気持ちがわからないのか?」
 そういわれて初めて気づいたように同室の先輩を見た。
 確かにアレだけ思いっきり投げ飛ばしたにもかかわらず、それについてまったく怒らないで、毎日ちゃんと自分の面倒を見てくれていた。見返りなんて求めないで。
「当たり前だろ、先輩なんだからさ」
 当然のように言う彼を改めて見直す。
(もしオレに兄がいたらこんな感じなのかな)
 遙は開け放たれた窓の外を見た。桜の花びらが宙を舞っている。
 うららかな春の一日。
「なるべくけんかしないように努力します」
 殊勝な言葉で遙は頭を下げた。
「ま、相手が手を出してきたら別だけどな」
 海都は右手を握り締めてこぶしつくり殴るしぐさをする。
 すると慌てたように永見が止めた。
「鈴森先輩、ダメですって」
「なーにいってんだ。男はこぶしで語り合わなきゃダメなときもあるんだよ」
 な、遙、といって彼は笑った。
「ではもう一度投げ飛ばされたらどうだ、海都? もっと固い絆が生まれるかもしれないぞ」
「漣! 勘弁してくれよ。アレはほんっとーに痛かったんだからな」
 306号室ににぎやかな声が響き渡る。
 まだわからないけれど、と遙は心の中でつぶやいた。
(この人たちと一緒ならこれからの高校生活は楽しくなりそうだな)
 これからの学生生活を象徴するかのように、窓の外にうつる空はどこまでも高く、青空が広がっていた。

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