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戦闘態勢に入った遙にむかって凛とした声が投げかけられた。
「皆月君、これはオレの問題だから。君は手を出さなくてもいい」
早瀬がまっすぐに自分を見つめた。そのまま彼は視線を目の前の上級生たちに向ける。
「その前にさっきの言葉訂正していただけませんか?」
「ああ? なに言ってんだ」
まったく舐めきった様子で三年生たちは早瀬に詰め寄った。その瞬間、あっという間に彼は三年生の一人の腕をつかんで後ろ手にねじり上げた。
「い、いてててっ!」
「俺は《お嬢さん》ではありません。れっきとした男ですからそのようなことを言われるのは先輩といえども不快以外なにものでもないです」
「なにしやがる!」
加藤先輩たちが早瀬につかみかかろうとする。それを遙はすばやく動いてさえぎった。
「つまり先にちょっかい出したのは先輩のほうだろ。・・・・・あ、もしかして先輩そっちの趣味でもあったの?」
なにを、といいかけて一瞬にしてその意味に思い至ったのか、加藤先輩は顔を真っ赤にして否定した。
「んなわけねえだろ、野郎に興味もってどうする!」
「あれ、顔赤いですけどー」
ちゃかす遙に怒った先輩はこのやろう、とこぶしを振り上げようとした。やるか、と構えたとき、後ろから突然声をかけられた。
「そういう趣味があったんですか。面白いことを伺いました」
ぎょっとして先輩が振り向くと、そこには不気味な笑みを浮かべた咲岡先輩がたたずんでいた。出てくるタイミングが妙に絶妙すぎませんか、先輩。
咲岡先輩の姿を見るや、やばい、とつぶやいて、三年生たちはその場に遙たちを残して一目散に立ち去った。
よほど先日の一件が聞いていると見える。
無敵だ、咲岡先輩。やっぱり逆らっちゃいけない。
あとに残された遙と早瀬は呆然とそれを見送った。
「大丈夫だったかい。あまり無茶をするんじゃないよ」
やさしくは早瀬に言うと、咲岡先輩は意味ありげな顔をしてこっちを向いた。
「あまり海都を心配させるようなことをするんじゃないぞ、遙」
「・・・・・・なんで海都先輩が心配するんですか」
しかしそれには答えず、じゃあな、といって立ち去っていった。
なんだよ、と咲岡先輩の後姿を見送っていた遙はうしろから呼びかけられて振り向いた。
「ん、なに?」
「助けてくれてありがとう」
ぺこりと頭を下げられて、ちょっと照れる。
「別にいいよ。困ったときはお互い様だろ?」
その言葉に早瀬がやっと笑顔を見せた。
「そうだね。お互い様だ」
互いに笑いあってふと思い出したように遙が言った。
「絡まれた原因ってなに?」
その瞬間苦虫を噛み潰した顔つきになって、搾り出すように言った。
「渡り廊下をすれ違うとき、ちょっと肩がぶつかったんだ。すぐ謝ったけど、なにすんだって絡んできて、・・・・・・その、かわいいお嬢さんのくせして生意気だぞなんていって腕つかむから、思いっきり力をこめて振りほどいたんだ。そうしたら君が来た」
「なーるほど」
つまり、あの上級生はまた同じようなことをやってたってわけで。
それにしてもこいつ。
「おまえ、女に間違われるのがすごくいやだろ」
ずばりといわれて、早瀬の肩がピクリとゆれるのがわかった。
「女に間違われて怒らない奴なんているか?」
まったく持ってその通り。うん、うん、とうなずくと、早瀬の顔が怪訝そうな表情に変わった。
「俺もそうだからわかる。あいつらとは入寮式のときにやりあってさー。初日にいきなり女と間違われたんだぞ。いくら女物・・・・・・じゃなくて私服を着ているからって間違えるってひどいだろ。だからあいつら分投げてやった」
「・・・・・・それは自業自得だ」
「だろ? なのに奴らそれを逆恨みしやがるし。ったく、器の小さい奴はいやだな」
「皆月君も女と間違われることがおおいのか?」
「認めたくはないがけっこうある」
なんで間違えるのかなあ、こんなに男らしくしているはずなのに。
海都がここにいたらそれはお前の顔と身長のせいだというだろうが、遙はそれに気づいていない。
そうなんだ、と早瀬がつぶやく。
「俺もよく間違われるんだ。この顔に、この細い体だろ? そうか、君もそうなんだ。言われてみれば俺よりもそう見えるかもしれない」
「なんだと!」
「ははは、冗談だよ」
殴るまねをした遙から逃げるように彼は手を上げた。
急に真面目な顔になって彼は遙の顔を見つめた。
「正直なところを言うと、はじめあったとき、ああ、俺と君とは性格が違いすぎて合いそうもないなって思ったけど、違った。こんな共通点があったんだね」
「女に間違われて本気でおこるってところか?」
「そうそう」
「ありがたくない共通点だけどな」
ぽりぽりと頭を掻く。俺も同じさ、と早瀬がうなずいた。
「でもたぶんそのおかげで君とは仲良くなれそうだ」
「・・・・・・そうかもな」
いままでこんな悩みを持ったやつにはあうことができなかった。
小柄で、女に間違われて、コンプレックスを抱えなかったといえばうそになる。いつだってどこからどう見ても男のような体形に憧れていたんだから。
同じような悩みを抱えているとわかっただけでも親しみがわく。それもいやなことをうじうじ考えず、すっぱりと生きているところが気に入った。
『悩みを分かち合える、心の底で分かり合える奴が友人になるのさ』
海都先輩が言った言葉が蘇る。
時間をかけて彼のことをわかればいい。そうすればいつかはいい友人になるのかもしれない。
いつかか、それはいつだろうな。もしかしたらすぐそこかもしれない。