俺と君との距離。
 いつも近くに居過ぎるために君は気づかない。
 でも俺はある日、君との距離に気づいてこれ以上近づけなくなった。
 近すぎるから、近すぎたから。
 だけど離れるなんてことはもう考えられない。
 それなのに一歩踏み出して今の関係を崩すことがたまらなく、怖い。


 四月もはや半分が過ぎようとしていた。入学式の頃に咲いていたはずの桜もとっくに散っていて、部屋の窓から萌えるような青葉を覗かせている。
 新学期が始まって一週間がたっていた。
 自分もクラスメートたちも新しい高校生活に慣れ始めていた。少しずつ友人ができて、学校の勉強も本格的に始まり、その進度の速さにあせりながらもこれからの学園生活に心を弾ませるそんな時期だ。
 そんなことを考えながら早瀬祐樹は窓の外に向けていた視線を部屋の中へ戻した。
 本当だったら自分も昼休みぐらいは友人たちと戯れたいところだが、そうはいかなかった。自分は今、中央校舎の一室にある会議室に坐っていなくてはいけなかったのだから。
 明かりがついていても昼間だというのにどこか薄暗い会議室は、不思議としんと静まり返っていた。
 配られる紙の乾いた音だけがかさかさと部屋に響いていた。
 中央校舎はこの学園で最も古い校舎の一つといわれるだけあって、どこか古びた感じが漂う。その二階にある会議室は生徒専用のもので、生徒会など重要な会議は必ずここで行われるらしい。
 その会議室に昼休みにわざわざ集められたのは、先日決まったばかりの学級委員長と副委員長たちだ。その会議の席の上座、黒板の前に鎮座しているのは現在この学園の生徒たちを統率する生徒会の役員である。
 一週間たってはじめて行われた学級委員たちの会議は軽い顔合わせと、今後の予定を伝えるために行われたものだった。
 祐樹は一年A組の学級委員長に選出されていたため、この会議に出席していた。だがその表情は冴えない。
(高等部で学級委員長なんてやるつもりはなかったんだけどな)
 本当なら高校ではごく普通の一生徒でいたかった。中等部にいた時はいつのまにか生徒会長に選ばれてしまったため役員生活に没頭せざるを得ず、とても忙しかったことだけが記憶に残っていた。だから高等部では、と思っていたが甘かった。
 入学試験で首席をとってしまったばかりに、今度のクラスでもクラスメートの無言の承認で学級委員長をやるはめになってしまった。
 他にやる気のある奴がいれば喜んで譲ったのに。しかしそんな気負いのある人物はクラスにはおらず、結局祐樹が学級委員長をやるはめになってしまった。
 手にしたシャープペンシルをぶらぶらと動かしながら、彼は会議室におとなしく坐って居並ぶ人々を眺めた。
(面子を見ても、中等部の委員会で見覚えのある奴らばかりだな)
 高等部は中等部からの持ち上がりが多いから、どうしても学級委員というのに選ばれるのは同じような人間になってしまうのだろう。現に自分が生徒会長をやっていたときに役員をやっていた奴が数名いた。
 彼らが自分から立候補したのか、それとも押し付けられたのか。それはわからなかったが。
「それでは今後の予定の説明にうつりたいと思います。手元の資料をご覧ください」
 その言葉に顔を上げて、祐樹は黒板のほうに視線を動かした。
 きびきびとした声で予定を読み上げる上級生に彼は覚えがあった。先日、三年の人たちに絡まれたときに後ろから声をかけてきた人だった。
(あの人は生徒会副会長だったのか。咲岡先輩、か)
 見た目には優等生のようだけど、どこか考えが読めない。あの時もそうだったけど、あの細い目がとても冷たく感じられるのは気のせいだろうか。
 祐樹の視線に気づかずに副会長は淡々と予定表を読み上げ、簡単に説明を付け加えていく。その読み上げる予定が多いこと多いこと。何でこんなにイベントがあるんだろうか。
 祐樹は先を思ってうなだれた。これでは自分の仕事が増える一方だ。
 咲岡先輩が一通り学校のイベント予定を読み上げると、隣にだらけて坐っていた人物が満面の笑顔を浮かべながら飄々とした声で口を挟んできた。
「言っとくけど、あくまでこれただの予定だから。僕はなにかおもしろい企画があればどんどんやっていくから、みんなもそのつもりでよろしく」
 ほけほけと手にした白い扇で仰ぎながらその人は笑いながら立ち上がった。
 くしゃくしゃのくせっ毛のせいで頭はぼさぼさで、さらに制服のネクタイまではずしているものだからだらしない印象しかみんなに与えない。しかしこの人こそ正真正銘、今年度の生徒会長だ。
 だけどどう見ても、隣できちっとしている咲岡先輩のほうが凛々しくて生徒会長らしく見えるんだけどな。
 どうしてこの人が選ばれたんだろうか。不思議でならない。去年の暮れに行われたという生徒会長選は一体何があったのだろうか。
「まず、新学期初めてのイベントは来週行われる球技大会だ。この大会は全学年混合で行われる。これはクラスの親睦と団結力を養うために行われるもので、ここでクラスの一年間の雰囲気が決まるといっても過言ではない。すべての鍵は君たちが握っている。この大会で自分たちのクラスをまとめ、この学園を守り立てて言ってくれることを期待している。以上!」
 ばしん、と手にしていた扇で机をたたいて、満足げにいすに腰を下ろした。
 その後を慣れた様子で咲岡先輩が言葉を補った。
「球技大会の詳細はお手元の資料をご覧ください。各クラスの学級委員長はこの議題をクラスに持ち帰り、次の会議までに各種目のメンバーを決定してきてもらいます。次回の学級委員会議は明後日放課後を予定しておりますので必ず参加してください」
 では解散、と会議の終了が告げられると、集まった生徒たちはどやどやと足早にクラスへと戻っていった。時間を見ると次の授業まであと五分もない。
 結局、貴重な昼休みは会議につぶされてしまった。祐樹は憂鬱になったが仕方がない。
 彼も荷物を片付けて副委員長と共に急いで自分のクラスへ戻ろうとした。
 会議室を出るとき、ふと黒板のほうに視線が向いて見ると、咲岡先輩がひじをついて自分をじっと見つめていた。そしてなぜか小さくひらひらと手を振った。
 ぎょっとして思わず立ちすくむ。
 突然立ち止まった祐樹を不審に思ったのか、副委員長の羽田が声をかけてきた。
「どうしたの? 早く行かないと授業に遅刻するよ」
「あ、なんでもない。さっさと行こう!」
 慌てて目礼だけして祐樹は足早に会議室を去った。
 彼がなぜそんなことをしたのか、その意味ありげな行動はどういう意味だったのだろうか。いくら考えてもわからなかった。
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