昼休み終了のチャイムが鳴り響く中、祐樹は副委員長の羽田とともに自分のクラスへ戻ってきた。教室の前に来ると、中からなにやら騒がしい声がする。
 聞き覚えのある声だ。
 ガラッと教室のドアを横開きに開けると、窓際の机の周りに見知った顔が集まっていた。その中心には怒りの表情を浮かべたクラスメートの姿があった。
「ったく、あいつら信じられねえ。俺は一人でいったんだぞ。なのに五人で待ち伏せしていやがって!」
「だが一人で行くって言い張って行ったのはお前だろう?」
「そりゃそうだけどさ、でも普通体育館裏に呼び出しって言ったら、タイマンが原則だろ」
「・・・・・・いつの時代の漫画の世界だ。それは」
 友人たちの真ん中で気炎をあげているのは皆月遙だ。
 小柄な体に美少女と見まごうばかりの顔立ちで、入学式当初は誤解を仕掛けたクラスメートも多かった。だが日が過ぎるごとにだんだんとみんなも彼の本性がわかってきたため、誰もそのような気持ちを抱くことはなくなってはいたが。
 その遙が小柄な体を精一杯使って怒りをあらわにしていた。
「でも遙ってばちょっと目立ちすぎなんだよねえ。もう少しおとなしくっていうか、目立たなくしたら?」
「何で俺のせいなんだよ。俺は普通にしているだけだっ!」
 君はそのつもりでもねえ、と口ごもる友人を前に、遙の怒りはさらにエスカレートしていく。
「あーむしゃくしゃするっ! あいつらのせいで学食の本日のメニューを食べ損ねたしっ! 楽しみにしてたんだぞ、特製とんかつ!」
 そういえば今日の本日のメニューはとんかつだったか。日替わりメニューの中でも生徒たちに人気の一品で、昼休みが始まったらすぐ行かないとあっという間に売切れてしまう。
 遙は寮生なので学食を食べ損ねると、寮の夕食までご飯はない。柔道部というハードな部活をやっている身に昼飯抜きはつらかろう。
「だからこれ買ってきてやっただろ、ほれ」
 かなり明るい茶髪をなびかせる秋郷泰明が大きなメロンパンを一個、彼の前にぶら下げた。不満げな顔で遙はそれを受け取った。
「メロンパン一個で足りるか!」
「じゃあ食うな」
 秋郷が取り返そうとする手から隠すように彼はメロンパンを抱え込んだ。
「やだっ、返さない!」
 遙の様子はまるで小さな子供が駄々をこねているみたいだ。
 しかし話が見えない。祐樹は今日の昼休みは彼らとは別行動だったから、何があったのか知らなかった。
 彼は側にいた坂下太一に尋ねた。
「なあ、遙に何があったんだ?」
「あ、早瀬君だ。委員会終わったんだ」
 にこにこと笑顔を絶やさない太一。なぜか祐樹だけを君付けで呼んでくる。
 軽くカールした天然パーマが彼に柔和な印象を与えていた。
 あのねえ、と遙を見やりながら説明した。
「昼休みに入ってすぐ、三年生が遙を呼び出したんだよね。しかも一人で来いって。遙ってばひとりで言っちゃったんだ。僕たちには学食で待っててくれって言ってさ。で、一人で体育館裏に行ってみれば、三年生が五人で待ち構えていたってわけ」
「またか」
 うんざりして祐樹はため息をついた。太一もしょうがないよねえ、と言いたげに笑っている。
「うん、これで呼び出しは三回目かな。でも遙はなんとか一人で五人倒してきたけど、さすがに時間がかかっちゃって学食が終わっちゃったんだよねえ」
 それでか。祐樹は納得した。
 遙は小柄なくせにその好戦的なところが目立つらしく、何度か上級生に因縁をつけられている。そこでうまく穏便に済ませばいいところを、彼は頭を下げるどころか逆に上級生に食って掛かる始末。おかげで無駄に敵が増えている次第だ。
 おまけに今日は昼飯を食べ損ねているので、空腹でさらに怒りはエスカレートしている。
「遙、何度も言うようだけれど、喧嘩はやめたほうがいいよ」
「喧嘩じゃない、やられそうになったからやっただけだ」
「同じことだよ」
 きつい眼差しで祐樹は彼を見つめた。学級委員としても彼の行動はあまりよろしくない。
「このままだと学校も君の事を放置するわけにはいかなくなる。そのうち先生たちに呼び出されるぞ」
「・・・・・・わかったよ。おとなしくする。できる限りだけど」
 ふう、と祐樹はため息をついた。
(遙は悪い奴じゃない。むしろ素直でいい奴なんだけど、それが受け入れられてないんだよなあ。そう、特に上級生たちには)
 ガラの悪い上級生たちには生意気な新入生が来たと思われているらしい。本人にそんなつもりはなくても学校中のいたるところで睨まれているようだ。
 もうちょっとおとなしければなんでもなかったんだけど。遙は理不尽なことにはとことん立ち向かう性格だから、おとなしくできるはずはない。
「だけどさ、あいつら卑怯なんだぜ。俺が小さいからっていきなり抱きついてきたんだぞ。ったく、体格差でどうにかなると思ったら大間違いだってことを思い知らせてやったけど」
「抱きついてきた?」
 遙のその言葉に周りにいた祐樹たちの動きが止まった。
「おい、遙。大丈夫か? ほかに何かされなかったか?」
「え? そういえばあいつらオレのことかわいいなとか、本当に女じゃないのかとか失礼なこと言ってきてその分も天誅食らわしてきたけど・・・・・・それが?」
 不思議そうに見つめる遙をまじまじと見つめ、あきれたように友人たちは一同に天を見上げた。
「知らないほうがいいってことがあるよね」
「本人がこういうことにうといからよかったものの・・・・・・」
「もしわかっていたらおそらく半殺し程度じゃすまないだろうな」
 それには祐樹も同感だったので、無言で頷いた。こそこそと話す友人たちへ遙は不満げに叫んだ。
「俺にもわかるように言えよ!」
 頬を膨らませている遙に、太一が人差し指を上に立ててにっこり笑って答えた。
「つまり知らぬが仏ってことだよ」
「なんだそれ」
 そのとき、授業開始を告げるチャイムが鳴り響いた。
 それと同時にがらりと前の扉が開いて、次の授業の先生が現れた。これ幸いとばかりに遙の周りにいた友人たちも自分の席へと戻っていく。
「教えろよ、もう」
 ほえる彼の肩を裕樹が軽くたたいた。
「世の中には知らないほうが幸せなときもあるってことだよ」
 訳がわからないといいたげな遙を残して、彼も自分の席に坐った。
Copyright(c)2008.ginyouju.All Rights Reserved
2
inserted by FC2 system