「あ、来た来た〜。お疲れ〜」
 出口では太一が元気に手を振って二人を出迎えた。先に行っていた沢木たちも一緒だ。その彼女がつながれた手にすばやく気づいて、意味ありげな視線を二人に投げかけた。
 見られていることに気づいた冴がぱっと払うように手を離す。
「こ、これは、その」
「ふーん、隠さなくてもいいのよ。そう、そういうこと。へー」
「ち、違う! これはだな・・・・・・ちょっと、黙ってないで祐樹も何とか言え!」
 冴が彼に助けを求めて顔を向けてきたが、祐樹にもなんといっていいか思いつかなかった。下手に弁明すれば沢木はきっと祐樹まで真相を問い詰めるに決まっている。
「いいの、いいの。お年頃だもんねえ。はずかしがらなくたっていいじゃない」
「違うんだってば、響子! 私が怖いから手を繋いでたとか、そういうわけじゃないんだからな!」
「・・・・・・」
 つい本音がポロリと出てしまった。だが沢木にとっては思惑が外れたらしく、くるりと祐樹に問うような視線を向けてきた。
「本当なの?」
 否定する材料もないので、冴に見えないようにちいさくこくりとうなづく。
 はああ、と沢木が盛大にため息をついた。そして二人に近づくと、ぽんと裕樹の肩に手を乗せた。
「ちゃんと理解するまでどれくらいかかるかわからないわよ、これは」
「わかってるよ」
 しかし彼女は裕樹の顔をしげしげと見つめている。何かついているのかと思って思わず顔に手を当ててしまった。
「どうしたの。なんかうれしそうね」
 意味ありげな笑顔を浮かべて彼女はささやいた。
「ああ、おかげで吹っ切れた」
 そう、気にすることはないんだ。俺と彼女の絆にそれは関係ないんだから。
「あなたの顔、さっきと違ってすごくいい笑顔をしているわよ。その様子なら大丈夫ね」
 大丈夫、とはどういうことか聞こうとしたが、彼女はすばやく彼の側を離れてしまった。
 離れる一瞬、彼女は祐樹の耳にだけ届くような小さな声でつぶやいた。
「がんばってね。応援してるわ」
 厳しかった彼女のささやかなエールに、祐樹はほんの少しだけ心が軽くなった気がした。


「あー、おもしろかったあ!」
 ただ一人、周りのことをを気にせず本気で遊園地を満喫した太一が大きく背伸びをした。
 空を見上げればもう暗闇が覆いつくしてしまっている。閉演時間までもう間もないので、一同は出口へと向かっていった。
 満足げな太一はさておき、秋郷はというとまだしつこく沢木に話しかけて相変わらず無視されている。その粘りには感心するものの、懲りないなと思わずにはいられない。
「もう、いいかげんにしてよね!」
 さすがにうるさくなったのか、ついに沢木が怒りの声をあげた。だが秋郷はそんなことも左から右に受け流し、なおも機嫌よくしゃべり続ける。
「おまえの友達はしつこいな」
「ああいうやつだからな。あまりにも迷惑だったら、俺が近寄らないように彼女からあいつを引き剥がすけど」
「うーん、いいんじゃないか。響子だって本当に嫌だったら頬をひっぱたいて張り倒すぐらいはするはずだ」
 つまり秋郷はうるさいが憎めないぐらいの存在で、おそらく今はまだ友人未満ってところか。報われるかどうかわからない友人の健闘に心の中でひそかにエールを送る。
(でもほどほどにしないと、本気で嫌われるぞ)
 後ろを振り返ると、高木が陽菜という女の子と並んで歩いている。こちらは終始無言のまま。一体何があったのか。本人がなかなかしゃべらないので詳細はわからずじまいだ。
 園内の人影はもうまばらだった。ほとんどの人が帰るために同じ方向へ歩き始めている。
 にぎやかな休日ももう終わりだ。終わってみると少し寂しい。
「今日は楽しかったか、祐樹」
「ああ、けっこうめちゃくちゃだったけどな」
「あはは、だから楽しいんだけどな」
 くるりと半回転して、冴は祐樹と向き合った。二人はそのまま立ち止まる。
 他の人たちは二人をそこに残したまま、先に行ってしまった。
「また遊園地行きたいな」
「今度はどこへ行きたい?」
「そうだなー、舞浜の海のほうは行ってないから行ってみたいかも。あ、でもランドもいいなー。あそこ何度も行っても飽きないし」
「冴、好きだもんな。ああいうかわいいキャラクターもの」
 実際、冴の部屋にはたくさんのぬいぐるみが置かれている。彼女の男っぽい性格を考えると意外かもしれないが、本当はどこかに少女的なものがあることに気づいていた。
 特に多いのが黄色いくま。冴はそこに行くたびに新しいくまのぬいぐるみを買ってくる。
 からかわれたと思ったのか、彼女は頬を膨らませてすねた。
「いいだろ、人の勝手だろ!」
 そう言い放つと、ぷい、と前を向いてしまった。苦笑して祐樹が機嫌を取るように、彼女の背中に声をかけた。
「怒るなよ、こんどそこへ行ったら俺が何か好きなもの買ってやるから」
 その言葉に彼女の肩がぴくりと揺れる。ゆっくりと振り向いた彼女はじっと祐樹をうかがうように覗き込んだ。
「・・・・・・・本当だな?」
「本当だって。ほら」
 そうして祐樹は右手の小指を差し出した。
「これ、昔からの約束の証」
 その指を見て少しはっとした様子の冴だったが、かすかにはにかんだ笑顔を浮かべて小指を差し出した。
「約束だからな。やぶったら本当に針千本飲ますぞ」
「それだけは勘弁してほしいなあ」
 苦笑しながら祐樹は小指を冴の指に絡めた。小さいときから約束するときは小指で繋いだ。それは大きくなった今でも変わらない。
 そう、僕たちは変わらない。
 僕らは従姉弟同士で、幼馴染で、そしてもっとも近い異性。
 でもその距離はとても心地がいい。ここからスタートしたんだ。だからここから少しずつ育てていけばいい。
 僕らは若い。まだ時間はたっぷりあるのだから。
「それじゃ約束だ、指きりげんまん、嘘ついたらはりせんぼん、のーます。指切った!」
 掛け声と共に冴が腕を振り下ろすと、二人の指が離れた。
「よしっ、これで約束はしたぞ。じゃあ、来週の日曜はどうだ?」
「ちょっと待って、来週?!」
「祐樹が行こうかって誘ったんだぞ、それで駄目だっていわないよな。よし、決定!」
 もう行く気満々の冴はこぶしを振り上げて、行くぞーと叫んでいる。
(敵わないなあ、冴には)
 そう思いつつもちょっぴりうれしかったりする祐樹だった。懐が心細いが、まあそれはおいおい考えるとして。
「おーい、なにしてんのー? 追いてっちゃうよー」
 先に行っていた太一たちが振り向いて彼らに向かって叫んでいた。
「ごめん、すぐ行く! 行くよ、冴」
 叫び返した祐樹が冴の腕をすばやくつかんで走り出した。
 進んでいないように見えるけど、少しずつ進んでいるんだ。
二人の関係はまだまだこれから続いていく。
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