お化け屋敷は古典的な和風のものだった。古びたお堂に壊れかけたお墓の群れ。そして闇の中にうごめく妖怪たち。
 しかしそれほど凝ったものでもなく、子供相手程度のレベルなのであまり怖くはなかったが。
「太一たち、結構先に行ったのかな」
 いくら進んでも彼らの姿は見えなかった。どのくらい先までいっているんだろうか。
「秋郷、ついてきているかって・・・・・・あれ?」
 後ろを見ると一緒についてきたはずの秋郷がいない。
「彼だったら入り口のところで引きかえしたわよ」
 冴の声が幾分小さい気がする。さっきから少し自分に近づいているような。
「どういうつもりだ。まさかお化け屋敷が怖くなったわけじゃないだろうに」
 それでさっきから後ろが静かなはずだ。
「後ろの二人の様子を見に行くって言ってたわよ」
 後ろの二人って言うと高木たちか。野次馬でもしに行くつもりだろう。
 しかたないな、と一息ついて祐樹は止めていた足を再び動かした。
「あいつを追いかけて捕まえるのもめんどくさいから先に行こう。さっきのミラーハウスと違って一本道だから迷うこともないだろうし」
「え・・・・・・、うん」
 どうも冴の様子がおかしい気がする。元気がないというか、声に張りがない。
「冴、どうかしたか?」
「いや、なんでもない」
「ならいいけど」
 歩き出した二人の前に突然人型のようなものが飛び出してきた。
「きゃあ!」
 叫び声をあげて冴は裕樹の後ろに隠れた。だが彼のほうは冷静なまま、その物体の正体を見て後ろを振り向いた。
「大丈夫だって。これただの人形だから」
「に、人形っていってもいきなり出てきたらびっくりするじゃないか」
「もしかして冴、結構怖がってる?」
 ふと思いついたことを口にしただけだが、その言葉に彼女の表情が急変する。
「わ、悪いか! こういうの、苦手なんだ」
 顔を赤らめて彼女は叫んだ。そのあまりに必死な姿に祐樹は思わず噴出した。
「なに笑っているんだ!」
「ご、ごめん」
 いつも男勝りな言葉をしゃべっている彼女がこんな風に怖がっている姿を見るとなんだかずっとかわいく見える。
(やっぱり女の子なんだな。冴も)
 暗がりの中に時折浮かぶ青白い炎を見えるたびに、びくっと震えが背中を伝わって通じてきた。
 祐樹はおもむろに彼女の手をつかんだ。
「俺がついてるよ。大丈夫、行こう」
 冴と手を繋いで彼は先へと進んだ。後ろをついてくる冴はというと黙って静かだ。
 ただお化けが出てくるたびに小さな悲鳴をあげて、彼の手をぎゅっと握ってくる。
「冴、昔から暗いところ苦手だったよな」
「・・・・・・うん。何か暗闇の中にひそんでいそうで怖かったから。そういえば祐樹、みんなで田舎に行ったときのこと覚えているか」
「ああ、あれは二人で夜に迷子になりかけたんだよね」
 あれはいつのときだっただろう。田舎にみんな旅行に行ったときだ。山で遊びに夢中になっていて、気がついた時にはあたりは真っ暗になっていた。
 なれない場所で二人は心細くなって、記憶をたどりながら家に帰ろうとした。夜道はとても真っ暗で、どこにも明かりが見えなくて二人で手を繋いで歩いた。いつも気丈な冴が泣いてしまって、彼女の手を引きながら歩き続けた。
 遅くなって探しに来た親の姿を見たときはどれほどほっとしただろうか。
「私が泣いてしまって、祐樹がずっと励ましながら手を繋いでてくれたんだよな」
「あれは俺だって怖かったんだから」
「でも、あのとき祐樹が一緒でよかった。一人じゃきっと帰れなかった」
 遠くを思い出すように冴がつぶやいた。
「やっぱ祐樹はすごいや」
「いきなりなんだよ」
「うん、すごい。かなわないよ、私なんかじゃ」
 だから、と冴は笑いながら彼の背に告げた。
「好きだぞ、祐樹。今までも、これからもずっとな」
「え・・・・・・」
 好きだといわれて、祐樹の胸が少し高まった。
 わかっている。それは自分の秘めた想いとは違うって。
 彼女はまだただの従弟としてしか自分を見ていない。それは肉親に対する好きであって、決して男女の好意じゃない。
 だけど祐樹は心の中のつかえがちょっと取れた気がした。
「俺も好きだよ。冴」
 だからそんな言葉も自然と言えた。本当の気持ちは伝わらないだろうけど。でも今言っておきたかった。
 ほんの少しだけ距離を縮めるために。
 彼の気持ちに気づかない冴は無邪気に笑いながらそれに答えた。
「じゃ、とりあえず出口までの案内よろしく!」
(こういうところが冴らしいんだよね)
 親の前でも決して自分が弱っているところは見せたがらない彼女。でも自分だけには時折そんな弱さを見せてくれる。
 自分には甘えているのだろう。幼いときからずっと一緒にいるかけがえのない存在。
 くすりと祐樹も口元で微笑んだ。
(今はこれでいいや)
 彼女が気づかないから。たぶん告白しても気づかないんじゃないんだろうか。もし気づいたとしても冗談かなにかだと思ってさらっと聞き流されそうだ。
 だからもう少し、もう少し待ってみよう。
 その頃にはもしかしたら自分のコンプレックスもなくなっているかもしれない。
 手のひらから伝わる冴の手はとても温かい。あの暗闇の夜道と同じように。
 僕たちはつながっている。手を繋いでいる。離してはいけない。
 まだ僕たちの未来は長いんだ。
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