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居間の畳の上に居住まいを正して座っている千夏。だがその表情はどこからどうみても不機嫌、だった。
むすっとした顔で黙ったまま、傍らに座る冬馬を見ようともしない。
「さっきからなにむくれてんだよ、おまえ」
沈黙に耐えかねて冬馬が声をかけてきた。それもひっそりと小声で。
千夏は最初聞こえないふりをしようとしていたが、そうすると返事するまで耳元で怒鳴られそうな気がしたのでやめた。
「何も。冬馬の気のせいでしょ」
「嘘つくな、顔に思いっきり『私は不機嫌です』って書いてあるぞ」
「ふーんだ」
千夏はそっぽを向いて、居間の入り口の方に眼を向けた。
廊下の向こうにはやはり、あの女性の気配はない。
「あの人、本当にご飯作ってるの?」
「は?」
「だって台所からあの人の気配がしないもん」
あきれたようにため息をつくと、冬馬はうなだれるように言った。
「千夏、頼むからあの方のことを姉上、いやせめてお姉様と呼んでくれないか」
頼む、と床にこすり付けんばかりに頭を下げる冬馬を怪訝そうな目で見返した。
「何で? 私がどんなふうに呼んでも平気でしょ。そりゃ、本人の前ではちゃんとするつもりよ、一応この家に住んでいる身なんだから安心して・・・・・・」
「いつもちゃんとしなければダメなんだよ。何しろ同じ屋敷にいれば姉上はどんな会話だって聞くことができるんだ。つまり・・・・・・」
「あら、何のことかしら?」
いつの間にそこに立っていたのか、かの噂の姉君はいつのまにか二人の後ろに立っていた。
冬馬は怖くて後ろを振り向けないでいる。
「内緒話だなんて、いけないわね。冬馬」
「い、い、いえ。何も姉上のことをいってるわけでは・・・・・・」
ぎぎぎ、と音がするようなぎこちない動作で冬馬は姉の方に向き直る。
「そんなに動揺していては嘘ついていると白状しているようなものよ。本当にいくつになっても隠し事のできない子ね」
笑顔を絶やさずにさっくり言い切った言葉に、冬馬はもう額に手をあててうなだれるばかりであった。
千沙はそのまま囲炉裏を回って、彼らの正面へと静かに座り、茶を入れる準備を始めた。
慣れた手つきで鉄瓶から急須へお湯を注ぐ。
部屋にかすかに漂う、上質の茶の香り。
思いだしたように千夏は台所の方に顔を向けた。
冬馬の姉上がここにいる、ということは台所には一体誰がいて朝食を作っているのか。
伺うように千沙を見やると、彼女は平然と茶を湯飲みに注いでいる。
千夏はひじでうなだれている冬馬を突っついた。
「お姉様がここにいるってことは、台所にいるのは誰?」
千沙に聞こえないように小声で尋ねる。ちょっと確認したが千夏の声に気づいた様子はない。
それをきいて冬馬も台所に目をやり、そのまま小さくため息をついた。
「ああ、じゃあやっぱりあいつらも一緒に連れてきているんだな。・・・・・・厄介ごとがまた増えたな」
「あいつら?」
とたとたとた、と小走りに廊下を走る音がして、千夏はそちらに眼を向けた。
「お食事の用意ができましたーーーーっ」
甲高い声をして飛び込んできたのは千夏と変わらぬ年頃の三人の童だった。ともに黒い髪を肩の上で切りそろえ、顔が隠れてしまいそうになりながらも、軽々と料理の載った膳を抱えている。
(こいつら・・・・・・人間じゃない)
さすがに狐の嗅覚は伊達じゃない。すぐさまその子供たちの尋常ならざる気配に気づいた。
今は力を抑えているが、とんでもない力を秘めていると彼女にはわかった。
冬馬に無言で説明を求めると、あきらめた表情で彼はいった。
「そうさ、人間じゃない。姉上の《式》だよ」
「《式》?」
聞きなれない言葉だ。
「なんていうかな、姉上の命令に忠実に従う式神。人ならざる力を持つ異形のもの。だからとても・・・・・・厄介なんだ」
三人の童のうしろからまた新たに子供が現れた。今度は大きな鉄鍋を持っていた。
「ありがとう、そこへおいてちょうだい」
千沙の指図に素直に従う子供たち。あっというまに目の前には朝餉の支度が出来上がっていた。
「お父様はいつお帰りになるかわからないので、先にいただきましょう。さあ、冬馬、千夏お食べなさい」
目の前に並んでいる食事はいつもの食卓に並ぶのとは違って豪勢なものだった。
いつもなら雑穀の混じったご飯と身の少ない味噌汁に、野菜中心のおかずが一品か二品、それに漬物がせいぜいなのにこれはなんだろう。
真っ白なご飯。鉄鍋で煮えているのは鳥の肉の入った汁。食膳の中心にあるのはやせ細った干し魚などではない、立派な魚の切り身を焼いたもの。他にもおいしそうな煮つけやらおひたしやら、豆腐など、この家の経済状況からはありえないものが並んでいた。
「・・・・・・うわあ」
千夏は目を輝かせた。食べもので釣られかけている。
だが、隣の冬馬はというと豪勢な食事に険しい目を向けたまま、姉に抗議のまなざしをむけた。
「せっかく作っていただいてありがたいのですが、これは一体どこから買い求めたのですか?」
火の車の台所を抱える彼としては許せることではなかった。
だが千沙は心配無用とばかりに言う。
「あら、お金のことが心配になったの? 大丈夫よ、私がすべて手配したものですから」
「そうですか。・・・・・・ならば遠慮なくいただきます」
そうなれば話は別だ。冬馬も結構現金なものである。
目の前の魚を食べてみる。おいしい。冬馬も料理が上手だけど、こちらは洗練されていて上品な味付けがしてある。素材の味を殺さないように、どれも丁寧に作られていた。
でも、と千夏は思う。これらの料理は人間が作ったものじゃない。鬼という存在はどうもよくわからないが、ただ目の前にちょこんと座っている子供たちは只者じゃないと感じられた。それは狐の直感。
目の前に並ぶ子供たち。それぞれが違う色の着物を着ているが、着物自体もいまでは着ることのない昔風のものだ。髪型や姿かたちは似ているけれども良く見ると、ちょっとずつ顔つきが違うことがわかる。
(なんかとんでもない人がやってきたみたい)
千夏が見上げると、彼女はにっこりと笑うだけだった。
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