第三章 零れ出た思い
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 もうすっかり暗くなった夜道を冬馬は神社に向かって歩いていた。
 空には銀色の爪のように細くなった月が青白い光を輝かせている。まだ月がある分、夜道は明るいが、満月のときに比べたら暗い。
 一人で食べることに飽いていた裕次郎に引き止められ、夕餉をいただいてきた。まあ、千夏からは文句を言われるかもしれないが、たまにはこういう日もいい。千夏も姉上がいるからおなかをすかせて待っていることはないだろうし。
 だが先ほど浅黄から聞いた話を思い返して、冬馬は顔をしかめた。
 やはりそうだ。これは生気を吸い取られている。
 なぜ、そうなってしまったのだろうか。どうやら本人には自覚症状がないようだ。
 それに浅黄ですらいつ吸い取られているのかわからなかったという。
 難題が一度にやってきて冬馬は頭をかきむしった。
(大体姉上は知っててなんで放置するんだ?)
 姉上が気づいていないわけないだろうに。いくら浮気して怒っているからといって、下手をすれば義兄上の命に関わるというのにどうして放っておけるのだろう。
 まさか、もうどうでもいいっていうのか。
 考えても考えてもわからない。俺には姉上の考えていることなんていつもわからないというのに。
 とにかく帰ってもう一度聞こうと、冬馬は覚悟を決めた。そうするしかない。


「ただいま」
 屋敷の入り口に立って冬馬は中へ声をかけた。
 するとその声を聞きつけて、彼めがけてものすごい勢いで千夏が廊下を走ってきた。
「おーそーいっ、何してたのーーーっ!」
 叫び声とともに見事な跳躍を決めた千夏はそのまま冬馬の顎へとび蹴りをかました。いきなりのことに手で防ぐこともできず、まともに蹴りが顎に決まった彼はそのまま後ろへと吹っ飛んだ。
 玄関に立ちふさがった千夏はふん、と鼻を鳴らして地面に延びている冬馬を見下ろした。
「かわいい私を残してふらふらどこ行ってたのよ!」
「わ、わるかった。兄上のところへ行ってたんだ・・・・・・」
 それを聞くと千夏の表情が変わった。
「お兄様の様子はどうだった?」
 千夏はというと今日、裕次郎を見ていないので心配らしい。
 青ざめて目が落ち窪んで、さらに見ていられないほど落ち込んでいた義兄の姿を思い出してため息をついた。
「だいぶやつれてた」
「そう、大丈夫かなあ」
「それともうひとつ厄介ごとが」
「ん、なに?」
 自分の私室に場所を移して、冬馬はさきほど浅黄から聞かされた話を千夏にも話した。
「なにそれ、生気を吸い取られている? 嘘でしょ」
「俺は本当だと思う。これに気づいた浅黄っていう《式》は姉上が従えている中でも一番強い。あいつは《式》の頭のような存在なんだ」
「なんか話を聞く限り、そいつ生意気そうね」
「ああ、お前といい勝負だ」
「なんですって!」
 千夏の怒りをそらそうと、冬馬は土産に残してきた先ほどの饅頭を出す。すると現金なもので千夏はご機嫌で饅頭にぱくついた。
「それにしてもお姉様もひどいわね。そんなお義兄様を放置するなんて」
「俺もそう思う。まったく、姉上は何に考えてんだか」
「同感。全部自分ひとりでわかってるみたいな感じよ。さっきだってあと三日ですべて片付くなんていってたし」
「え、そんなこといってたのか」
「うん」
 三日という期限になにか姉は確信があるのか。
(あの人は昔からどんなやっかいごとでも全部自分で片付けてしまうからなあ)
 今回も自分でけりをつけるきなのだろう。もし手出しでもしようものなら逆にこっちがやられる可能性は十分ある。
 だがあの義兄の様子を見る限りそんなことをいっている余裕はないかもしれない。
 少なくとも姉上は今動かないか、もしくは動けないか。
 この屋敷の向こうから姉がこちらの動きを見据えている、そんな感じがした。
「とにかく義兄上のほうが優先だ。姉上はほっとけ」
「そうはいかないでしょ。このままお姉様がこの屋敷に居座っちゃったりしたらどうなるのよ。私の快適な安眠と食生活!」
「どっちにしても俺には快適な安眠なんかないけどな。大体お前、姉上が出す食事はちゃっかり全部食べてんだろ!」
「それはそれ! おいしいものは食べなきゃもったいないでしょ!」
 がっくりとうなだれる冬馬。もう、疲れた。
「とにかく、俺は明日もう一度義兄上のところへ行って探ってくる。もしかしたら明日は義兄上がこっちに来るかもしれないから、そうしたら千夏もちょっと様子を探ってくれ」
「うん、わかった」
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