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「で、お兄様がむりやり引き止めたんだ」
 ぱりぱりと煎餅を食べながら、千夏が言った。
「ここにいてもらったほうが義兄上のことを見張れるし、いいだろ」
 城のほうへは先ほど道場へ走って、裕次郎の城の朋輩のものを捕まえて事情を話した。神社にいるときに体調を崩したので、大事をとってそこで二、三日養生すると伝えてある。
「お兄様にしては考えたわね」
 千夏が三枚目の煎餅に手を出す。ゴマをまぶして焼いた薄焼きの煎餅はパリッとしていてかじるとほんのり甘い。
「それにしても昨夜は不覚だわ。お姉様のときもそうだったけど、気配を感じなかったなんて。私もだらけてきたかしら」
「ああ、こうやって食べてばっかだからな」
「もう、昨日のこと根に持つのやめてよ。でも気づかなかったっていうより、何も感じなかったのは本当」
「同じことを浅黄が言っていた」
 気配がない、といった。冬馬もそれは本当かもしれないと思った。
 あの影は存在自体があまりに希薄だ。だが実際に裕次郎の生気を吸い取っている。このからくりはどういうわけだろう。
「ちょっと思うんだけど、もしかしたら夢の領域をつかったんじゃないかしら」
 ぽそりと千夏がつぶやく。なんだって、と冬馬は彼女の顔を見つめた。
「どういうことだ」
「眠っている間にだけ生気を吸い取られているんでしょう? それにこっちの世界で気配を感じられない。だとしたら夢の中にひそんでいるんじゃないかしら」
「じゃあ、昨日の影は・・・・・・」
「夢にひそんでいたのが表面に現れてしまったんじゃない? たとえば、そうね、生気を吸いすぎて強くなってきた自分を隠せなくなってきたとか。推測でしかないわよ、でも可能性はある」
「なるほど。そうなるとお前の出番だな」
「そうよ。私だって働いてるところ見せなきゃ」
「お前だってさっきのこと根に持ってるじゃないか」
「ふんだ!」
 頬を膨らましてそっぽを向いた千夏。
 やっぱり気にしてるんじゃないか。
「今日も張り込むぞ。今のうちに昼寝しておけよ」
「もちろん。・・・・・・そうだ、お姉様にはどうする? 知らせる?」
 聞かれて冬馬は悩んだ。
 本当ならば知らせるべきなんだろうけど、あの姉上は自分で何かをたくらんでいるような気がする。それに言ったって今までのことからたぶん聞きそうもない。
 先に自分たちが偵察してはっきりしてから伝えても遅くはないはずだ。
「いや、いい。終わってからでいいだろ」
「・・・・・・お兄様がいいっていうならいいけど」
 うーん、と千夏が大きく両腕を上に上げて背伸びをした。
「さあ、夜に備えてお昼寝しないと。そういえば昨日の影が出たのって何時ごろだったの」
「そうだな、月が出ていたから、子の刻過ぎってところかな」
 影が消えて外に出たとき細い月が冴え冴えと輝いていた。
 ずいぶんと遅い時刻に出てくるようだ。
「じゃあ、たっぷり寝ないとねー。睡眠不足はお肌の大敵だしねっ」
「睡眠不足って、お前いつも寝すぎなくらい寝てるじゃないか」
「甘い、甘いわ、お兄様っ! この程度の睡眠時間じゃまだまだ足りないくらいよ!」
「そんな心配するぐらいなら、甘いもの控えたほうがいいと思うけどな。吹き出物とか出ても知らないぞ」


「・・・・・・と冬馬殿と千夏殿がたくらんでいましたが」
 どこかで聞き耳を立てていたらしい青嵐が千沙に報告した。
 いかがいたしましょう、と伺いを立てる童に向かって、彼女はくすりと笑う。
「そのままにしておきなさい」
「ですが、よろしいのですか?」
「いいのよ、まだ一日早いから無理よ」
 そう、あと一日。
 夜の天上からあの白い光が消える。冴え冴えとしたあの輝きが消えて、空には真の暗黒の闇が訪れる。
 そのときだ。すべてが明らかとなる。
 はらり、と手にしていた透かし彫りの扇をひらいて口元を隠した。
「大丈夫、最後に手を下すのは私だから」
 そう言って悠然と千沙は微笑んだ。
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