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「寝ていたときのことはさっぱり覚えておらんのだ。すまんなあ」
 わははは、と豪快に笑う裕次郎に一同言葉なくうなだれるしかなかった。
 あのあとすぐ彼が夢から覚めたため、三人とも現実の世界へと戻ってきた。布団の中で状況がさっぱり読めず、なぜ彼らが部屋にいるのかもわからなかった裕次郎に事の次第を冬馬が説明した。
「それにしてもそんな大変なことになっていたとは、皆すまなかった。特に千沙、私の軽はずみな言動のせいで苦労をかけたな。この通りだ、許してくれ」
 すべてを聞き終えて彼は許しを請うように頭を床に擦り付けんばかりに叩頭した。
「ええ、苦労いたしましたわ。あなたが鈍すぎて」
「・・・・・・」
 情け容赦のない千沙の言葉に裕次郎も顔を上げられない。彼女は冷ややかに彼を見下ろしたあと、顔を背けてつぶやいた。
「でも、今回は許してあげましょう」
 上目遣いに千沙の表情をうかがう。その目はわずかに潤んでいた。
「では、では、帰ってきてくれる、と?」
「当たり前でしょう? 私はあなた様の妻ですから」
「千沙ぁぁぁぁ!」
 号泣する裕次郎とその様をあきれたように見つめる千沙を残して、冬馬と千夏はこっそり部屋を抜け出した。
「やれやれ、これで一件落着かな」
「うん、お義兄様も懲りて気をつけてくれればいいんだけどね」
「それにしても俺ほんとに出番なかったなあ」
「まったくです。やはり役立たずですね、あなたは」
 足元から生意気な声が聞こえた。そこには腕を組んで神妙な顔をして自分を見つめる浅黄の姿があった。
「おまっ、いつのまに!」
「私の気配すら気づかないようではまだまだ修行が足らないな。そこの狐にでも鍛えなおしてもらえ」
「うるさい!」
 叫んでも負け犬の遠吠えにしかならなかった。
(このぉ、今度会ったらは見返してやるからな)
 怒りでふるふると震える冬馬にため息をついてから、千夏が自分と同じ高さの浅黄に声をかけた。
「ねえ、最後にお姉様が金木犀の幻を出してっていったけど、あれはなんで?」
 浅黄はしばし考え込むように沈黙する。その後ろからひょっこり顔を出したのが黒曜だった。
「それはねえ、千沙様と裕次郎殿が始めて出会ったのが、金木犀の咲き誇る神楽殿だったからだよ」
「黒曜、勝手にしゃべるんじゃない」
「えー、別に口止めされてることじゃないじゃない。いいでしょー。だからあの二人にとって金木犀の花は特別なんだよ」
 闇夜に浮かぶ金色の花。そしてあたり一面に漂う強烈な花の匂い。
 捕われた意識を呼び戻すには実に衝撃的でうってつけかもしれない。
 たしかにねー、と一人納得する。
「思い出の花か、なんかいいわねえ」
 千夏は思い出す。闇夜に浮かぶ白い花。空へと舞い上がる花びらは幻想的でいつまでも美しかった。そしてうずくまった自分に差し伸べられる白い手。
 かの人はいまもお元気だろうか。
「これでお前たちともしばらくのお別れだ。やっと静かな生活が戻ってきてうれしいよ」
「あれ、何言ってんですか、冬馬殿。ちょくちょく遊びに来るに決まってるでしょ」
「なんだと、誰の許しを得てそんなこといってんだ。大体お前たちは姉上にくっついていないと駄目なんだろ」
「その千沙様からお許しをいただきまして。せっかく仲良くなった千夏と遊びたいじゃないですか。ねー、紅霞」
「そうそう」
 黒曜の後ろからさらに紅霞が顔を出して同意した。
 自分の名前がでてきたのではっと回想から引き戻された千夏が目をむいて叫んだ。
「ちょっと、勝手に仲良くなったなんて決めないでよ。私、あなたたちと友達になったつもりなんてないわよ!」
「何言ってんです。一緒のお布団で寝ればもうお友達でしょ?」
 黒曜の言葉に紅霞もうんうん、と頷く。
 ぷるぷると千夏のこぶしが震えた。とっさに冬馬は耳をふさぐ。
 顔を真っ赤にした彼女の大声が屋敷中に響き渡る。
「何勝手なこと言ってんのよ、あんたたちーーーっ!」
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