正体不明のものを目撃した呪縛から解けた冬馬は、ずかずかと歩いて拝殿の正面へと向かった。
 拝殿の前に立ち、上から威圧するように彼はそいつに言い放った。
「誰だ、おまえは。人じゃないな、物の怪か、ならば真昼間から出ないで物の怪らしく夜にでも現われろ」
 きょとんとした顔で子供は彼を見上げた。それだけ見るとただの子供と変わりはない。だがその耳と尻尾が人ならざる存在とさせている。
 冬馬はひょい、と重箱を取り上げた。あっといって子供がそれをとり返そうとするが高く上げられて届かない。
「大体これは貴重な餅米と小豆で作られたありがたい頂き物だ。勝手に人様のものを食べるんじゃない!」
「・・・・・・けち!」
「何がけちだ、この食い意地の張った物の怪め。ぼた餅を半分も食ってまだ足りないのか!」
 ピョンピョン飛んでとり返そうともがいている子供は無駄だとわかったのか、むくれたように境内に座り込んだ。
 ぷうと頬を膨らませる。その様子を見て彼はなんとなくその子供が女の子らしいと感じた。見た目には年はそう、5、6才ぐらい・・・・・・だろうか。ただ物の怪なので見た目どおりとはかぎらない。
「大体なんでお兄さんはあたしのことが見えるの。絶対に誰にも見えないように姿を消してたはずなのに。しかも声まではっきりと聞こえたなんて、こんなのあり?」
 ぶつぶつ文句を言い始めた子供に向かって、ぎろりと睨んだ。
「何をわけのわからないことを言ってるんだ。おまえはここにしっかりいるじゃないか。何が、見える、見えないなんて言って・・・・・・」
 だから、と子供は叫んだ。
「ほんっとーは見えるはずはないの。あたしは人に見えないように術をかけてたんだから。なのにお兄さんときたらしっかり見破ってくれちゃって。ほんと何者よ」
「それはこっちが言いたい。何様のつもりでぼた餅をどうどうと食う。しかも妙な尻尾と耳をつけて。・・・・・・おまえ、ひょっとして狸が化けてんのか?」
 その言葉を聞いて、少女は顔を真っ赤にして反論した。「たぬきですってぇ! しっつれーね、このかわいいあたしのどこが狸よ」
「ころころ、ちまちましてるおまえは狸だろ? 嘘つくんじゃない」
 何ですってぇ、と叫び、冷たくつき返した冬馬を少女は睨みつけた。
「あたしはねぇ、由緒正しいれっきとした狐よ。血統の正しい霊験あらたかな狐様なのよ。そのあたしを捕まえて狸なんて暴言を吐くなんて、無礼にもほどがあるわ!」
 ふさあ、と尻尾を揺らした。尻尾は黒毛でなぜか五本も生えていた。長さは少し短めだが、艶やかでふさふさとした感じが尻尾に量感を与えていた。
 冬馬はまだ信じていない目つきで、自分を狐だと宣言する少女をまじまじと見た。
 衣装からして普通ではない。膝までの丈の短い着物を着て後ろで赤い帯をしめているのはいい。袂が振袖くらいに長いのだ。ふつうなら邪魔になってしょうがないはずなのに。その袂は地面につくくらいの長さなのにまったく汚れていない。
 その装束ではどうみても普通とは言い難い。
 疑いの眼差しで冬馬は低く告げた。
「狸だろうと、狐だろうと、何だっていい。さっさと境内から出てけ」
「なによ、つめたーい。だからさっきの子の気持ちだって気づかないのよ」
「何の事だよ?」
 真顔でで聞き返す彼に対して、狐の少女は呆れて深いため息をついた。気づいてないとすぐわかった。
「ほんとに男って鈍いったら。知りたければよおく自分の胸に聞くことね。とにかく、あたしは出てかないもん」
「でてけ!」
「い、や、よ!」
 苛立ち気味の冬馬はむんずと少女の首根っこを捕まえた。
「ちょっと、乱暴反対!」
 首をつかまれてぶら下げられた少女は宙で手足をばたつかせながら暴れたが、それを押さえながら彼は境内の下まで行く。
 そしてそのまま少女を神社の外へ放り出した。
 きゃん、と言って少女は地面にしりもちをついた。
「いったーい」
「二度と、俺の前に現われるな」
 そう言い残して、彼はすたすたと境内を登って行ってしまった。
 乱暴な扱いを受けた上、一人残されて頬を赤く膨らませた少女が彼の背中に向かっていーっと小さな舌を出した。
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