城下町から神社までは一刻ほどかかる。
夏が近いとはいえ、今日はまだ涼しい。
うららかな陽射を浴びながら、青々と茂る水田の中を走る街道を歩いていた。陽気が気分をいくらか軽くさせてくれる。時折吹く風は涼やかな涼気をはこんで歩いて汗ばんだ体の熱を発散させた。
二人は近況の話など何気ない会話をしながら街道を歩き続ける。
松の大木の根元にさしかかったところで冬馬の目が止まった。
寅爺、と言って松の木陰で休んでいた老爺に声をかけた。
「これはこれは、藤森の若殿。いかがなされました?」
人好きのする笑顔で、老爺は冬馬に返事を返した。
「あの塚、どうした?」
冬馬が指し示したのは水田の中央、小島のように盛り上がった塚だった。その上に乗っているのは赤茶けた何の変哲もない石だが、石の前には野から摘んできたらしい花が添えられている。
付近の民はこの塚を藤塚と呼ぶ。そのいわれはよく分からない。藤の花が近くに咲いていたからとも、藤森の神社に由来があるからとも言われていた。
しかし、いずれが真実を知るものはいない。
ただかなりの昔から藤塚はこの場所にあったということだけは事実だ。
今、上に置かれた石は真っ二つに割れ、その塚が崩されてしまっている。
壊された塚を見て、ああ、と寅爺は顔をしかめた。
「いいえ、誰かが壊したらしいんですよ。罰当たりな奴がいたもんですね、誰がやったのか今だわかりゃしません。あの藤塚に私どもは触りませんからね、たぶん悪戯好きの子供か獣の仕業でしょう。石がぱっくり割れてしまってる」
やなこった、と言いながら寅爺はひょこひょこと向こうの方へと消えていった。冬馬はじっとそれを見送った。
いくぞ、と声をかけられて彼は裕次郎の跡を追う。そしてもう一度藤塚を振り返った。
何かが気になった。その藤塚自体に何も感じないことがどうも気にかかる。
不思議とそういう時の直感は外れることはない。
だが父親の借金のことに気を取られていたため、その時はたいして気にも止めず、しばらく行くとそのことも忘れてしまった。
街道に人がいなくなり、藤塚にはまた静けさが戻る。
乾いて赤茶けた石のかけらが風によって塚から転がり落ちても誰も気づかない。
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