神社へ帰ってきたのはかなり暗くなってからだった。
 屋敷の入り口をくぐるとそこで待っていたのは仁王立ちした千夏の姿。
 一応は笑顔を浮かべている。だが機嫌が悪いのは一目瞭然。
「兄様、帰るの遅いよ、とーってもおなかすいたわっ」
 この家の家事を取り仕切っているのは冬馬だ。夕餉を作るのもいつのまにか当然のように彼の役目になっていた。たとえ道場へ通う日だろうとこの役目から逃れられない。
「・・・・・・おまえなあ、おまえが頼んだ土産のせいで遅くなったんだろうが。今日の夕飯は支度に時間がかかるからそれでも食べておとなしく待ってろ」
 投げ出された菓子の包みを受け取って、満面に笑顔が浮かぶ。とたんに千夏はご機嫌になった。
「うん、わかった、待ってる」
 さっそく包みを開けて菓子をほおばり始めた。
 単純な奴と内心思ったが口には出さない。
 廊下を渡って自分の部屋に道具を放り出した。
 今まで着ていたものを脱いで普段着へと着替えていると、おもむろに後ろを振り返った。
「なんだよ」
 いつの間にか後ろからついてきたらしい千夏が部屋の入り口で不思議そうに冬馬を見つめている。
 わずかに上を向いて、くん、と鼻をならす。その仕草に犬が獲物を探す時の動作を思い出させた。
 闇のように黒い瞳がひたと冬馬を見据える。
「兄様、死人がでたところにいたでしょ」
「よくわかったな」
 軽い驚きとともに彼は言った。
 千夏はまだ目をそらさない。じっと冬馬の周りから何かを探っているようだった。
「どこでだったの、それ」
「城下町の街道の入り口のあたりだった。店先で荒くれ者が一人突然倒れて死んだんだ」
「一人だけ?」
 さらに質問を重ねてくる千夏の表情は真剣そのもの。
「そのときは一人だけだったが・・・・・・って、千夏、そんなことを聞いて楽しいか?」
 仮にもいきなり人が一人死んだのだ。それも尋常ではない様子で。
 普通の少女なら耳をふさいで嫌がるような話題。いくら狐の物の怪とはいえ、人間の死に様を聞いて楽しいものではないはず。
 だが少女は何かを考え込むようにうつむいていて何も答えなかった。
 そのまま菓子袋を抱えて、くるりと後ろを向いて駆け出していった。
 廊下を飛び越え、庭を裸足で駆け抜けていくその背中に冬馬は叫んだ。
「おまえ、外に出る時はぞうりを履けって何度言ったらわかるんだ!」
 千夏は彼の言葉に振り返ることなく、どこかへ消えてしまった。
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