「前はこんなひどい感じはなかったのに・・・・・・」
門屋の前に立った冬馬は正直な感想を口にした。
時はすでに夕刻。横から射す光は大地を金色に染める。
二人は目的地である城下町の一角にある門屋の前に立っていた。
彼の背中から降り立った千夏も冬馬と同感らしい。いやそうに顔をしかめながら冬馬の袖をつかんだ。
「ほんとよく人間がこんないやな気配が充満しているところにいられるわよね。敏感な人だったらこの気に当てられておかしくなっちゃうわよ」
冬馬の眼から見た門屋の建物は黒いまがまがしい気配に包まれて、その側に立っているだけでも不快感を覚える。
それを見ようと意識してなくてもはっきりと分かった。この家には何か嫌なものが憑いている。それも相当たちの悪いものが。
こんなところへ入っていくのはさすがに気が引けたが、彼の袖の先をつかんだ千夏が冬馬を店へと引っ張り込んだ。
「ほら、仕事でしょ。さっさと行く!」
「わかったって、だから引っ張るな。袖が伸びるっ!」
店に入るとその嫌な気配はさらに濃さを増した。
あまりの状態に冬馬は顔をしかめずにはいられなかった。
店内にいる奉公人たちはかろうじて動くことが出来るといった感じで、誰もが顔色が悪く、病人のように青白かった。
冬馬がそばにいた者に用件を告げると、すぐさま店の奥から先日神社に来た番頭が姿を現わした。
「藤森の若君、おいでくださいまして真にありがとうございます。ただいま旦那様は奥の部屋に篭っておりまして、そちらへ直接ご案内せよと言われています。、こちらへどうぞ」
さすがに番頭も千夏が一緒と見てなぜだろうと言いたげな顔をしていたが、理由までは聞いてこなかった。
案内されて冬馬たちは店の奥にある屋敷のほうへと通された。
明かりが灯されていないとはいえ、部屋の間を通る廊下はどこか薄暗い。床板を踏む足音だけがやけに大きく耳に届く。
屋敷の最も奥まった部屋の前で番頭が声をかけた。
「旦那様、お連れいたしました」
番頭の呼びかけからほんの少し間を空けて、中からぶっきらぼうな返事が返された。
「入れ」
番頭が失礼しますと言ってふすまを開けると、つんと病室に特有のかすかな臭気が鼻を突いた。
部屋の中にいたのは初老の恰幅のいい男と、布団に寝かされた子供だった。男は子供の枕もとに座ったままで、入ってきた彼らへすぐには顔を向けなかった。
桶から冷たくぬらした手ぬぐいを子供の額に優しく乗せてから、その男は冬馬たちのほうに向き直った。しかし彼らの姿を見るなり、番頭へいぶかしげな視線を投げた。
男は小声で番頭にささやいた。
「どういうことだ? 藤森の神主が来るという事ではなかったのか?」
「いえ、その神主様がご自分の息子にこの仕事を任せるとおっしゃったのでそのとおりに・・・・・・」
「何をたわけたこと言ってるんだ。この若造に何が出来るのだ?」
二人は彼らに聞こえないように小声でなにやら言い合っている。
だが千夏の本性は狐だ。それゆえに遠くの音ですら聞き取ることができる耳でしっかりと会話の内容を聞いていた。
入り口近くに座っていた千夏は冬馬に寄りかかっていたが、その会話を聞いてさらに身を寄せてささやいた。
「来たのが私たちだから信用がいまいちみたいね。年が若すぎるからかなあ」
さすがに冬馬も彼らが何を言い合っているのかは察していた。だから千夏の言葉に落胆などしない。むしろ当然だろうといった口調で声を潜めて言った。
「俺だって彼らの立場だったらそう思うさ。来たのが若輩の俺と子供のお前。これでは誰だって疑うだろう。それに本人が一番出来るかどうか疑っているって言うのに」
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