さっさと行きなさいよっ、と叫んで、千夏は冬馬の背中を前に押し出すように蹴った。
 前につんのめるところを何とか体勢を立て直してから、冬馬は後ろに向けて怒鳴った。
「おまっ、俺を殺す気かッ!」
 彼の非難を聞いても千夏はまったく悪びれる様子はない。むしろ当然でしょといった様子できっぱりと言い切った。
「私がちゃんと死なないように援護するわよ。だから心配しないであいつの懐に飛び込んで刀で切るのよ! ・・・・・・ほら行けっ!」
 足が意思に反して勝手に走り出した。巨大な炎を吐き出す化け物にむかって突き進んでゆく。
 身体が操られている。千夏の力のせいだ。冬馬が抗っても無駄だった。
「この・・・・・・っ」
 走りながら覚悟を決めた。こうなったらもう自棄になるしかない。
手にした刀を強く握り締め、一刀のもとに切り伏せようと切っ先を低く構えたまま、冬馬は全力で走った。
 巨大な炎の塊が冬馬を焼き殺そうと襲いかかる。
 だが炎は決して彼に当たることはなかった。身体が身軽な動作で避けている。
「攻撃を避けるのは私が引き受けるから。冬馬は刀に集中して!」
 彼の背に向かって少女が叫んだ。
「冬馬は私が見込んだ人間だから。間違いはないはずだから。だから、刀でそいつを薙ぎ払え―――!」
 懐に飛び込んで薙ぎ払った刀は化け物の腹を切り裂いた。千夏の言うとおり、化け物に一撃を与えることが出来た。
 だが腹に与えた傷は思ったより浅かったようだ。
 痛みに怒り狂った化け物の反撃を後ろに飛びのいて避ける。再び間合いを取りながら次の隙をうかがった。
 軽く舌打ちをして、千夏は冬馬の側に寄った。
「一撃で倒せなかったのはまずかったわ。暴れだして近づけない」
「でもやるしかないんだろう。もういい、後は頼んだ」
「・・・・・っ、まだ待って!」
 制止の声も聞かず、冬馬は自ら化け物に向かって走った。もうどうでもいいと思った。きっとなるようになると。
 命をかけたやり取りなど今までしたこともない彼にとって、この戦いは怖いと思う反面、どこかで気分が高揚するような感じがあった。
 あと少しというところまで来た。その時だった。化け物の口が冬馬めがけて大きく開かれる。
「危ない―――ッ」
 時間がやけにゆっくりと感じられた。千夏の叫びも遠い。死ぬのかもしれないと、どこか冷静に感じている自分がいた。
 放たれる巨大な火の玉。避けることはできない。
 思わず刀を横に向けて薙ぎ払った。
 その後、信じられないことが起こった。巨大な火球が冬馬の放った刀によって二つに裂かれ、そのまま遠くへ飛んでいったのだ。
「・・・・・・まじかよ」
 信じられないのは冬馬だけではなかった。千夏もまた予想外の出来事に絶句している。
「ただの刀で炎を切り裂いた? 冗談じゃないわ、普通じゃないわ。一体どういうこと??」
 そう呟いてから、少女は信じられない表情を浮かべて眼を見張った。
「刀が・・・・・・光ってる」
 彼の手にしていた刀から光がこぼれていた。
 きらきら光る銀の光は刀全体に広がり、刀ごと光り輝き始めていた。


 夕闇の中から悠然とした声が聞こえる。
「力で何とかしようとは乱暴なことよの。まあ、術が使えないのでは仕方もないが」
 蔵の前でのんびりとその人物は扇を仰いでいた。
「あやつの将来のためにわしは一切手出ししないでおこうと思ったが・・・・・・どうやらまだまだ息子も未熟だったようだのう」
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