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地面に大の字になって倒れこんでいた彼は呆然と遙を見つめていた。
あっという間だったので自分が今どうして地面に投げ飛ばされたのかもわからないようだった。
一瞬の間隙で間合いをつめた遙は自分よりも背の高い相手の懐にもぐりこんで、みごとに彼を投げ飛ばしていたのだ。
「完璧な一本背負いだったな」
ぽんぽんぽん、と後ろから乾いた拍手の音が聞こえた。
振り向くとすぐ後ろにもう一人誰かが立っていた。いつの間に近づいていたのかまったく気がつかなかった。
「君の名前を聞かせてくれるかな?」
「・・・・・・皆月遙です」
「皆月君ね・・・・・・、ああ、確かに名簿に名前がある。君が最後の新入生のようだね」
そういって彼は地面に寝転んだままの同僚のほうを向いた。
「だそうだ。どうやらおまえの早とちりだったようだな」
「ったく、フェイントだよ。あの顔で、あの格好だぞ。本人かと思ったぜ」
「たしかに似ているが、よく見れば違うことくらいわかったはずだろう。注意力散漫だ」
「くそー、気づいてたんだったら投げ飛ばす前に止めろよな。おまえわかってて止めなかっただろ」
「面白いものを見れそうだったからな。おかげでお前が投げ飛ばされるのを始めてみたぞ」
「・・・・・・このやろぅ」
遙は半目になりながら、二人の寮生を不審げににらみつけた。
「どういうことですか?」
後から来た方の寮生は遙を見やって、にっこりと礼儀正しそうな笑顔でさらりと言った。
「キミ、この混乱は自分の服装がすべての元凶だってわかっているかい?」
意外な顔をして彼は遙を見やった。
「・・・・・・はい?」
服が原因でどうしてそうなる? 遙にはまったくわからなかった。
おいしょっ、と声を上げて投げ飛ばした方が起き上がった。打ち付けられた背中をさすりながら遙の前に立った。
二人とも同じぐらい背が高いから、並ばれると少し威圧感を感じる。身構えながら遙はきっと二人を見つめ返した。
投げ飛ばした方がしげしげと遙の顔を覗き込んだ。
「たしかにちゃんとみると男だ。女の子とまちがえてすまなかったな」
「当たり前ですよ。女と間違えられて喜ぶ奴なんていません」
まだ間違えられた怒りが収まらない。
遙の様子をちゃんと感じ取ったのか、彼は真面目な顔になって軽く頭を下げた。
「お前がいやなことを言っちまった。ごめん」
頭を下げて謝られるとは思っても見なかった遙は、ただぽかんと見つめるだけだった。
普通、上級生が新入生に簡単に頭を下げるか?
「・・・・・・わかってくれれば、いい」
ぷい、と横を向いて遙はつぶやいた。顔を見るのがちょっと恥ずかしかったからだ。
横をむいたままの遙の頭の上に何かが乗った。
彼の手だ。けっこう大きい。それにとても、温かかった。
しかしそのままわしゃわしゃと頭をなでられて、遙はその手を払いのけようと慌てた。
「子供じゃないんだ、なでるなっ!」
「ははは、元気がいいな、おまえ」
「だから子ども扱いするなってば!!」
なでられて小猿のように暴れる遙を面白がるように、彼は笑っていた。
「そういえばおまえ、皆月っていったよな。たしかオレと同室なはずだ。・・・・・・そうだよな、漣」
彼はうしろの同僚に同意を求めた。
「そうだ」
「え?」
(同室? この人と?)
初日早々投げ飛ばした上級生は実はルームメートだったりしたわけで。
「オレの名前は鈴森海都。これからよろしくな、皆月遙君」