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 気まずいというのはこういうことだ。
 たしかに投げ飛ばしたのは相手に非があったからで、仕方のないことだったと無理に納得しても、でもさすがに同室の相手であったとは思いもよらなかった。
 ちらりと上目遣いにその同室の先輩の表情をうかがった。
 さっきからあれこれてきぱきと説明してくれる。その口調にはいやそうなそぶりは見えない。
 お人よしなのか? それとも鈍いだけか? いやいや。
「・・・・・・皆月君、聞いてる?」
 はっとして遙は顔を上げた。
 二人は玄関を入って上に上がる階段を上っていた。
「は、はい」
「説明書みたいなこといわれてもつまんないかもしれないけど、ここでの生活に必要最低限のことしか言ってないから。ま、わかんなくなったらまた誰かに教えてもらえばいいけどな」
 そういって彼は三階の廊下に立って遙のほうを振り向いた。
「清花寮は全部で60人が暮している。各学年だいたい20人ずつで、この階と下の二階には一年生と二年生がそれぞれ一人ずつ二人部屋に入って共同生活している。三年生は受験があるから下級生がうるさくして勉強の邪魔されちゃかなわないってことで、四階に三年生同士で部屋を与えられている。一階は共同スペースで、食堂に集会室、風呂に洗濯機置き場、それから外来用の面会室。ここまではわかったか?」
「はい」
「基本的に一年生の面倒は同室の二年が見ることになっている。中には一年生同士の部屋もあるから、そのときは隣室の二年が面倒を見るけどな。つまり、わからないことがあったらオレに聞くこと。何か問題を起こしたらまずオレに相談すること。場合によっては連帯責任になることもあるから、なるべくそういうことはやめてくれよー」
「さっきの・・・・・・投げ飛ばしたことも、ですか?」
「うん? いや、あれは俺が悪いから。投げ飛ばされても仕方がなかった。だっておまえ女扱いされるの、本当に嫌がっていただろ?」
 だけど、とつぶやいて彼は頭をかいた。
「オレはそう思うけど、中には自分が悪くても認めない奴とかいるから気をつけろ。ここの中でだって、お前はたぶん寮生の格好のネタにされるからな。そんなことでいちいち切れるなよ。相手していたら絶対きりないから」
「格好のネタ?」
「奴ら、暇だからな。面白いことがあればすぐ群がって食いついてくる」
 部屋はこっちだ、といって彼は先に歩き出した。
 ぎしぎしと歩くたびに木でできた廊下が鳴る。この寮はずいぶん年代物みたいだ。
「ほらここ、306号室。荷物はさっき届いてたから部屋に放り込んどいた。あとでロッカーにしまっておくように。で、机は左の空いているほうを使ってくれ。あとベッドは・・・・・・あとでじゃんけんでもして決めようか」
 扉を開けるとそこには木でできた簡素な空間が広がっていた。
 あまり広いとはいえないが、二段ベッドにロッカー、その向こうには窓に面して机が備え付けられていた。
(これから二年間この部屋で暮らすんだ)
 やっと新しい生活に入るという実感がわいてきた。
「慣れると結構居心地はいいぞ、この寮は。寮生も馬鹿ばっかだけど、わりと面白い奴らばかりだから、退屈はしないはずだ」
「鈴森先輩もですか?」
「オレ? オレはどうかなあ。・・・・・・そういや苗字で呼ばれるとなんか堅苦しいな、オレのことは海都って名前で呼んでいいぞ」
 そうは言われても先輩なので名前で呼び捨てはできない。ということで海都先輩ということで落ち着いた。先輩は勝手にオレのことを遙と呼び捨てにしている。後輩だからしょうがないけれど。
 ひとしきり部屋の説明が終わって、荷物を片付けようとダンボールのテープをはがし始めたとき、スピーカーから物がこすれるような音がして、厳かな声で寮内放送が鳴り響いた。
『新入生に連絡をいたします。これより一階集会室にて入寮式を始めますのでお集まりください。なお、上級生は新入生の誘導、および式の準備をお願いいたします』
「ありゃ、もうそんな時間か。しょうがないな、遙、荷物は後回しだ。一階に行くぞ」
 そういった先輩が自分を見るなり眉間にしわを寄せた。
「まずいな、その格好じゃ・・・・・・」
「さっきから問題あるんですか、この格好が?」
「本当に気づいていないのか? いいから着替えをして・・・・・・」
 あきれたように海都先輩が着替えをするように促すと、それをさえぎるように再び機械音がして寮内放送が流れ始めた。今度の声はどこかで聞き覚えがあるような。
『306号室の鈴森君、皆月君、至急集会室にくるように。まもなく入寮式が始まります。万が一、遅刻した場合、二人だけで式のあとで集会室の掃除をしてもらいますからそのつもりで』
 その放送を聴いて先輩はちっと舌を鳴らした。
「漣のやろう、勝手にそういうこと決めるなっ! 仕方ない、さっさと行くぞ」
 先輩はオレの腕をつかんで急いで集会室へと向かった。
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