Copyright(c)2008.ginyouju.All Rights Reserved
6
一階の北側の隅にある集会室はたくさんの男たちであふれかえっていた。
寮生の全員が私服でいるので、入寮式といってもあまり堅苦しいものではないらしい。先輩いわく顔見せのようなものだという。
二人が集会室の入り口に姿を現すと、ざわり、とあたりの空気が変わった。
「な、なんだ?」
彼らは一様に遙を注視している。誰もが驚きのまなざしを浮かべている。
傍らに立っていた先輩はというとやっぱりと言いたげに額を押さえていた。
しかしこのままでは中には入れない。先輩が硬直して動かない寮生たちを押しのけて中に入ろうとした。
「おまえら、入り口で固まるな! 入れないだろ!」
どけどけといいながら道を作っていると、驚いていた人たちのうちの数人が先輩に話しかけてきた。
「海都、あれは?」
「新入生に決まってんだろ!」
乱暴に言い放って彼は遙の腕をつかんで前のほうへ行こうとした。
「うそだ」
「本物じゃないのか?」
「まさか、男子寮だぞ」
あちらこちらでささやきあう声が聞こえる。
言い合いながら自分をちらりちらりとのぞき見ている。
すると、一人の寮生が二人の前に立ちはだかった。えらそうな様子で海都先輩の前で腕を組みながら睨んできた。
「鈴森、そいつはなんだ?」
「オレの同室の新入生ですよ、加藤先輩」
いかついそいつは馬鹿にしたような感じで、ふん、と鼻を鳴らして遙を見下した。
「本当に新入生か? どっからどうみても女にしか見えないぞ」
同意する声が隣からも上がる。
「アイドルの常盤美優にそっくりだしな。本人じゃないのか?」
「あれ、確かCMで着ていた服だよな」
「女の子が男子寮に潜入してるって?」
「アイドルがいるってよー」
マジかよー、ほんとか?と彼らの周りでとんでもない尾ひれがついて騒ぎはどんどん大きくなっていった。
「お前ら、勝手なこと言ってんじゃねえ!」
海都先輩が必死になって否定するが、回りの嬌声がそれをかき消してしまっている。
女の子。アイドル。ばらばらだったパズルのピースが少しずつはめ込まれていく。
くいくい、と遙は先輩の袖を引っ張った。
「オレって、そんなにそのアイドルの女の子に似ていますか?」
先輩はというと、まことに複雑な顔をして遙を見つめ返した。
怒るなよ、と前置きして彼は宣告した。
「ああ、はっきり言って似ている。実はその服は女の子に人気のあるブランドで、CMのときにお前とよく似ているアイドルの常盤美優が来ていた服なんだ。だからよけい間違われやすい・・・・・・って、遙?」
ふふふふふ、とこぶしを握り締め、遙は笑いをこらえた。
そーいうことか、そーだったのか姉貴。
女の子のブランド服のCMなど見ない俺にこんなことを仕組んだんだろ。
服を全部送ってしまったのも、母親にこの服を買わせたのも、すべてはあの姉貴が仕組んだことだ。そうだ、そうに違いない。
いつも、いつもオレは姉貴にだまされてきた。
「・・・・・・貴様ら、好き勝手言いやがって」
指が食い込むほど手を握り締めた。
「オレは男だっ! 女といった奴全員叩きのめしてやるーーーっ!!」
遙は最初に声をかけてきた先輩を投げ飛ばした。それを合図に遙が暴れはじめ、集会室は瞬く間に乱闘の渦に巻き込まれた。
嵐の中心である遙は手当たり次第に近くにいた寮生をなぎ倒す。必死になって海都が止めようとするが、ハリケーンと化した遙を止められるはずもなかった。
「わあぁぁぁぁ!」
先ほど自分をからかった寮生に、彼はこぶしを叩き込む。
「遙、やめろっ!」
海都の静止の声もむなしい。逃げ惑う寮生が邪魔で遙に近づけない。
遙を捕まえようとした彼の上を別の腕が伸びた。
「はしゃぎすぎだぞ、坊主」
たくましい肉体の寮長が片手で軽々と遙を持ち上げてしまった。
持ち上げられた遙はばたばたと手足を振り回してなおも暴れている。しかし大男に吊り上げられたその姿は首をつかまれた猫のようだ。
「この、放せ!」
「入寮式に大暴れとはたいした奴だな。もういい加減暴れただろ。おとなしくしろ」
そういって彼はじっと周りで呆然とする寮生を見渡した。
「おまえらも、おまえらだ。勝手に騒ぎやがって。彼はまちがいなく清花寮の新入生だ。そこんとこ肝に銘じておけ」
びしっと言い置くと、彼は遙を海都に投げてよこした。
「こいつの監督責任はお前にあるんだからな。気をつけろ。次やったら二人とも反省文と罰当番だ」
巨大な体を揺らしながら、彼は前のステージのほうへ戻っていった。
呆然としながら遙は背中の大きい後姿を見送った。
「迫力のある人・・・・・・ですね」
「そりゃな、あの人は早川先輩って言って、三年生でこの寮の寮長だ」
ぺしっと海都が遙の頭をたたいた。
「それにしてもおまえ、オレが言ったこと忘れたのか? いちいち気にすんなっていっただろ。大人になれ、大人に」
むー、と遙はむくれながらもしぶしぶ頷いた。
自分が短気なのはよくわかっている。
だけど我慢ができなかった。ここがまだまだ子供なところなのだろう。
遙の周りにはまだ床にうずくまっている寮生が何人かいた。他の人たちは遠巻きに彼を珍獣でも見ているかのように観察している。
さすがにやつらも遙が暴れると危険だと思い知っただろう。これで少しは静かになるはずだと海都は心の中で思った。
そしてぽんぽんと遙の頭をたたく。
「見た目で人を判断する奴はほっとけ。そのうちお前が誰よりも男らしいってことがわかるはずだからな」