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 入寮式はつつがなく終わった。
 ただし自己紹介の時に遙が舞台に立った時に、一瞬だけ会場の時が止まったが。
 その場は寮長の早川先輩と海都先輩がフォローしてくれたおかげでなんとかしのいだ。
 しかし一日目にして寮内にはある掟が生まれた。
 命が惜しければ306号室の皆月遙には絶対に喧嘩を売るな、と。
 遙が柔道の有段者であることを新入生の誰かが知っていたらしく、その噂が寮内を駆け巡ったからだ。
「へえ、つまり遙は柔道部の特待生入学なんだ。中学全国大会二連覇か、すごいな」
 むぐむぐとご飯を口に入れながら、目の前の海都先輩が言った。話を聞きながら手元をほとんど見ないで器用に箸を動かしている。
 二人は向き合いながら食堂で夕食を食べていた。
 食堂の食事はカウンターから器に入った料理をそれぞれトレーに載せて好きな席で食べるセルフ方式だ。ちゃんと栄養バランスが取れていて、結構美味しい。ただ難を言えば量が少ないことぐらいか。
 本日の夕食は新入生歓迎用メニューのため、骨付き肉に海鮮サラダ、ミネストローネにミニデザートまでついた豪華なものだった。こんなのはめったにないからな、と海都先輩が言っていた。
「そうなると朝練とかあるし、練習もさぼれないから大変だろ」
「いーえ、男らしくなるための鍛錬ですから。ぜんぜん大変じゃないです! まだまだ体が細いから、もっと筋肉をつけないと!」
「・・・・・・なるほど。おまえが強さを求める根源はそこか」
 あきれたように先輩が言って、残っていたお茶を飲み干した。
「隣は空いているか、海都」
 食事の乗ったトレーを持った寮生が先輩に声をかけた。高校生とは思えないほど落ち着いていて涼やかな声音だった。
 顔を見て思い出した。確かこの人はさっき入り口にいた人だ。
「ああ、空いてる。連中、遙にビビッて俺たちの周りに寄ってこないんだ。ほら、すわれよ」
 手にしていたトレーを置いて、彼は笑顔で遙に手を差し伸べた。
「先ほどは名前も告げずに失礼した。305号室の二年、咲岡漣だ。お隣同士、よろしく皆月君」
「こちらこそよろしくお願いします」
 遙はおずおずと差し出された手を握り返した。そのあと、彼の後ろに立っていたひょろひょろとした人物に声をかけた。
「もう一人連れがいる。オレの同室の一年だ」
「305号室の新入生、永見慶太です。よろしくお願いします」
 一年生なのに身長はゆうに180センチはあるんじゃないだろうか。背の低い遙にとってうらやましくもあり、ちょっぴり妬ましかった。
「彼は中等部からの進学組だ。うちの学校にも慣れているから、親しくしておくといいだろう。編入組は慣れるまでが大変だからな」
「そうそう、うちの学校は一応進学校だからな。授業のペースも半端じゃないぞ。確か一年のうちは成績順にごちゃ混ぜにクラス分けされるんじゃなかったっけ? 授業の進みも頭のいい奴に合わせてくるからなー」
「そうだ。特待生だと、授業についていくのもきついんじゃないのか?」
 先輩二人が意地悪げに遙を打ちのめす。
「うぐぅ・・・・・・」
 テーブルに頭を突っ伏してうなっていると、上から助けの声が聞こえてきた。
「オレでいいなら勉強教えてあげるけど?」
「え、お前頭いいの?」
「他の教科はたいしたことないかもしれないけど、英語なら自信あるよ。オレ、中学に入るまでイギリスにいたから、英語は結構しゃべれるんだ」
「ほんとかっ! 英語苦手なんだ、よろしく頼むっ」
 目をきらきらさせて遙が手を組んで拝みだしたのを、永見は困ったように笑っていた。
「う、うん、力の限りがんばるよ」
 友情をかためあっている、というより一方的に遙が押し付けている隣で、先輩二人は何かこそこそ話していた。
「・・・・・・え、しかえし?」
 海都は漣からそう告げられて目を細めた。
「偶然廊下で耳にしてな。誰だかはわからなかったが気をつけておいたほうがいいだろう」
「まあな。いくら体力とパワーの塊のあいつでも、人数と体格差でこられたらやばいか。それにしても何で俺に言うんだ? 本人に言えばいいだろ、そこにいるんだから」
 そういって海都は遙を指差す。しかし咲岡は首を振った。
「こういったことは本人には言うより、お守役に言ったほうが効果があるんだよ」
「いつからオレがあいつのお守役になったんだ」
「とにかく二、三日はあいつの行動には注意しろ。できる限り寮内で一人にするな。俺からの忠告はそれだけだ」
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