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 体育館はとても広くて立派だった。
 バスケットコートが四面張れるくらいの面積があり、他の設備もしっかりしていてさすがに金のある私立は違うなーと思った遙であった。前に通っていた中学は公立だったから、備品一つ買うのにも予算が厳しくてものすごく大変らしく、どの部活もぼろぼろのものを大事に使っていたのだ。
 クラスが別の慶太とは入り口で分かれ、彼は誘導されるがまま自分のクラスの席についた。ほとんどの生徒が中等部からの持ち上がりなので、周りの生徒はわりとリラックスしているようだ。
 ざわざわと体育館は生徒の声が響いている。
 頭の固そうな教頭らしき人物が司会席から生徒たちに黙るように注意が飛んだ。静かになったところを見計らって入学式が始まった。
 式はお決まりのパターンからはずれず、新入生の名前を読み上げたあと、校長の挨拶、PTA会長の祝辞、来賓のどこぞの議員の挨拶などなどつまらない話が延々とつづいた。
 遙は下を向いて見られないように大口を開けてあくびをした。
(そんなにえらそうなことをだらだら話してても誰も聞いてないっつーの)
 周りを見渡しても彼と同じようにこっそりあくびを漏らしていたり、明らかに目をつぶって寝ているものもいた。
(早く終わらないかな)
 止まらないあくびをかみ殺しながらそう思ってしまう。
 来賓の挨拶が終わったところで、一人の生徒が壇上に上がった。
 その生徒を見て遙は、あれ、と目を向けた。
 落ち着いた物腰で手にした手紙を広げて読み上げる生徒は、先ほど挨拶を交わした人だった。よく響く声が体育館にこだまする。
(あいつ、新入生代表だったんだ。ってことは)
 ちょんちょんと、となりにいた生徒の肩を突っついた。急に肩をつつかれて驚いてこっちを向いた生徒に遙は小声で尋ねた。
「ちょっと聞くけど、あいつ、今新入生代表やってる奴、彼って頭いいの?」
 それを聞いて彼は驚いたように遙を見つめ返した。
「え、彼を知らないの?」
「うん、おれ編入生だからこの学校のことまだ良くわかんなくって」
 その言葉に納得したのか、すぐ教えてくれた。
「早瀬君は中等部からの進学組の中では一番の秀才なんだよ。いっつも試験じゃ一番をとってて、僕の知ってる限りじゃトップから落ちたことはないね。だからみんな彼が新入生代表で当然だと思ってるはずだよ」
 なるほど。そういうすごい奴なのか。
 そうなるとなんだか自分とは住む世界が違うような気がしないでもない。
 遙は中学時代部活動に一直線だったから勉強はいまいち、というより苦手というしかない。秀才タイプの奴とはあまり馬が合ったためしはない。
 慶太も頭はいいが、あれはどっちかっていうと文学少年っぽくて素直でわりと気のいい奴だから付き合える。
(あいつはどう見ても頭の固そうな優等生だろうからなあ)
 型破りな自分とはあわないだろうな、と思った。
 しかしクラスが一緒なので、クラスメートとして普通に、波風を立たせない程度には付き合おう。
「ゆうきー、こっち向いてー!!」
 突然後ろのほうから大きな声で壇上の早瀬の名前が呼ばれた。生徒たちがいっせいに後ろを振り向く。
 保護者席のあたりから大学生くらいの青年が望遠つきのカメラを構えながら、壇上を写真に収めようと右に左に動いて揺れていた。
(なんだありゃ。早瀬の親戚か何かか?)
 それにしては早瀬は聞こえなかったかのように淡々と答辞を読み上げている。
 自分は関係ないと知らない振りを決め込んでいるような感じだ。
「こっち向かないと写真が取れないじゃないかー!!」
 再度呼ばれても早瀬は表情一つ崩さない。
 あまりにもうるさいのでその青年は教職員に強制的に体育館から引きずられるように退去させられてしまった。
「ゆうきーーー、ゆうきーーー」
 売られていく牛の鳴き声のように、かなしげな声で早瀬の名前を呼んでいたが、体育館の扉がしまってもう聞こえなくなった。
「・・・・・・翔峰学園高等部の生徒として皆様方の期待に添えるよう努力していきたいと思います。新入生代表、早瀬祐樹」
 何事もなかったかのように早瀬は新入生の挨拶を終え、教師と来賓の席へお辞儀をして自分の席に戻った。
 他の生徒は早瀬にアレは誰なんだと訪ねたかったが、彼の無言の威圧で誰もそれを切り出すことはできなかった。早瀬は誰にも見られないようにひざの上で血が出るほどこぶしをにぎりしめて、いた。
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