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 はてしなく長かった入学式も二時間かかって終わり、生徒たちはそれぞれの教室へと移動した。
 教室のある校舎は体育館から見て南側のグラウンドに面した建物であった。学年ごとに校舎が別れるらしく、A組からG組の計280名の一年生は一年間ここに押し込められるというわけだ。
 A組の教室は二階のちょうど南の端であった。教室に入った生徒たちは自分の席につかず、それぞれ勝手にしゃべっている。
 学年主席の早瀬君はすでに何人かの取り巻きに囲まれていて、遙のそばには寄ってこられないようだ。
 ちらり、ちらりと気にするように自分のほうを伺っているのはわかるが、別に平気だ。遙もさっき体育館で話しかけた生徒たちの群れの中に混じっていたので、それを確認するともう自分のほうを見ることはなくなった。
 周りにいた生徒たちは遙が寮生だと知ると、寮について根掘り葉掘り聞こうといろいろなことを尋ねてきた。
「へえ、じゃあ寮に入ってるんだ。ねね、寮ってどんなとこ? 入ったことないんだよねー」
 天然パーマでいたずらっぽい目を輝かせている坂下がたずねてきた。
 どうやら進学組にとっても寮生は知り合いが少ないらしく、自分たちの入れない未開の地にものすごく興味を示していた。聞くと寮生は寮生同士固まる傾向にあるので、あまり交流がないらしい。なるほど。
 続いて坂下の隣にいた鋭いまなざしの細目でスポーツ刈りの高木が聞いてきた。こちらはいかにも運動部系だ。
「二年生と一緒の部屋だと疲れねえ?」
「いや、そーでもないかな。先輩が気安くしてくれるから結構居心地いいかな、俺は」
 それは本当だった。実際、海都先輩には気安くされすぎて先輩後輩の上下関係が完全にくずれつつあり、これでいいのかと思いたくなるほどだったが。
 しかし隣じゃなくて本当に良かったと思う遥だった。
 咲岡先輩と同室だったらきっと入学式前に寮を飛び出しているにちがいない。あの人と一緒にいるだけも息が詰まるというのに。それに時折見せるあの冷笑。よくぞ慶太は一緒にいられるな。
「へー、一緒の先輩ってだれだれ?」
 坂下が覗き込むように聞いてくる。
「・・・・・・鈴森海都先輩って言うんだけど、知ってるか?」
 その名前を聞いて彼らはいっせいに驚いた表情をした。
「鈴森先輩といっしょなのか?! そりゃいいなあ」
「あの人だったら面倒見いいからね」
 うんうん、と皆が揃ってうなずいている。
「海・・・・・・じゃなかった鈴森先輩はそんなに有名なのか?」
 その言葉に彼らは顔を見合わせて意外そうな表情を浮かべた。
 秋郷という茶髪の軽そうな生徒が両手を広げて遙のほうを見つめた。
「有名も有名、二年のお助け屋の鈴森先輩っていったら翔峰学園の高等部どころか中等部でも知らない奴はいないよ」
「お助け屋? なにそれ?」
 遙がその理由を聞こうとしたとき、ガラリ、と大きな音を響かせて扉が開いた。つづいて書類で壁をたたいた乾いた音が教室中に響く。
 その音に生徒たちの注目が扉に集まる。
「おめーら、さっさと自分の席に座れ。もう中学のガキじゃねえんだぞ!」
 からからと笑いながら若い男の教師が教室に入ってきた。
 はい、こっち注目ー、と教卓の前に立った教師は目の前に垂れていた前髪をかきあげた。一見するとどこぞのサーファーのように見える容姿で、手足はこの季節だというのに日焼けして真っ黒だった。
「はじめに自己紹介しておこう。私は君たちの担任の榊だ。これから一年間君たちの指導を行うことになる」
 よろしくな、と白い歯を見せて軽く挨拶をした。これが女子高校生ならキャーとか黄色い声が上がりそうなものだが、ここは野郎しかいない男子校だ。
 案の定、男の生徒たちは呆然と榊のほうを見つめている。
「さて、自己紹介はさっきしたから・・・・・・そうだな、役員をきめとかないとな。まずは学級委員長を決めないとな。自薦でも推薦でもかまわん。おい、だれかいい奴はいないか?」
 教師の声に皆の視線がいっせいに一ヶ所に集まる。クラス中の人間のほとんどが早瀬を見つめていた。
 ま、こいつが適任だろ。
 クラス中のものが自分を見つめているのがわかっているらしく、早瀬は少し間をおいて手を揚げた。すっと教室の真ん中に白い手が伸びる。
「僕が立候補いたします」
「お、新入生代表の早瀬君か。ほかにはいないかー、うん、いないようだなー。じゃあ、頼む」
 榊は早瀬に壇上に上がるように促した。教壇の前で先生は彼に他の委員について説明している。
 誰もが当然のことだと考えているみたいだが、編入組の遙は早瀬が立ち上がる一瞬、軽くため息をついたことに気づいていた。
(ふうん)
 自分がなって当然だ、とは思ってないみたいだ。そこまで傲慢な奴ではないらしい。
 少しだけだが遙の早瀬を見る目が変わった。
(やな奴じゃあなさそうだ)
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