何でこうなったんだろう。裕樹は部屋で服を着替えながら思った。
 あのあと秋郷はなんだかんだ言いながら、うまい具合に翔峰学院の女の子たちと約束を取り付けてしまったのだ。
 場所についてはチケットのあてがあるんだといって、一人で勝手に決めてしまった。
 待ち合わせの時間は今日の10時。場所は東京都N区にあるとある遊園地。
 上着を羽織って裕樹は部屋を出て階段を下りていった。
「あら、裕樹、出かけるの?」
 台所から母親が顔を出してたずねてきた。
「うん」
「そういえばお友達と出かけるんだったわね。遅くなるようだったら連絡してね」
「わかった」
 行って来る、と母親に言って玄関に向かおうとした裕樹の足が止まった。
 目の前に立っている人物を睨みつけながら、裕樹は低くつぶやいた。
「なにやってんだよ、兄貴」
 靴を履いていかにも今から出かけますといった様子の兄は彼の顔を見るなり顔を輝かせた。
「なにって、これから裕樹は友達と出かけるんだろう? だったら兄として弟をよろしく頼むとお友達にご挨拶しないといけないと思ってな」
 ほら、と手に掲げたのはいかにも手作りですというラッピングをした紙箱であった。ほのかに甘く香ばしいにおいがした。中身はおそらくクッキーか何かだ。
 そういえばさっきこそこそ台所で何かを作っていたな。母親との会話をどこかで盗み聞きして、こっそり手土産を作っていたに違いない。
「どこの世界に友達と出かけるのにわざわざ挨拶に来る兄がいるって言うんだよ。しかも手作りの手土産つきで!」
「そんなことを言ってはいけないぞ。親しき仲にも礼儀あり。何事も最初が肝心ではないか」
「最初が肝心? 兄貴がそれをいえるのかよっ!」
 ぶちっと堪忍袋の尾が切れた裕樹は手にしていたカバンで兄のみぞおちを思いっきり殴った。はっきりいって情け容赦もない。
「くっ、兄に向かってなんてことを・・・・・・」
 裕樹の一撃が思いっきり腹に入ったらしく、片手をお腹に当ててうめいていた。
「兄貴がやられるだけのことをしてきているからだろ。大体、入学式の一件、俺はまだ許してないからな。俺が新入生代表の言葉を読み上げている最中に大騒ぎして、さらに名前まで大声で呼ぶなんて! 壇上で俺はめちゃくちゃ恥ずかしかったんだからな!」
 うずくまる兄は放って置いて、カバンを肩にかけて裕樹は靴をはいた。
「とにかく、今日はついてくるなよ!」
 そう言い放って裕樹は思いっきりドアを閉めた。
「ゆ、祐樹ぃぃぃ」
 うずくまって動けない和己はぼたぼたと涙を流しながら、閉じられたドアに向かって手を伸ばした。


 隣の家の玄関のチャイムを押して、裕樹はしばし待った。しばらくすると、中からにぎやかな足音と共に、扉が開いて冴が出てきた。
 冴は祐樹の隣の家に住んでいるのだ。生まれたときから隣同士なので、親同士も仲が良く、幼い頃から彼女の家にも出入りしていた。
「悪いっ、待ったか、裕樹」
「いや、でも早く行かないと待ち合わせに遅刻する」
「そっか、じゃあ駅に急がないと」
 二人は揃って駅へ向かって歩き出した。
 並んで歩きながら裕樹は隣の冴をちらりと眺めた。
 今日の彼女は普段と同じようにズボンをはいていて淡い色の長袖に白いレースのカーディガンを羽織った動きやすい格好だった。化粧はグロスぐらいでほとんどしていない。
 彼女は同じ年頃の女の子の中でも背が高くてスタイルがいい。本人は気づいていないかもしれないけれど、素顔のままでもけっこうかわいいと思う。それに比べて俺は。
 祐樹は彼女を見上げる自分を少し恨めしく思った。
「そういえば裕樹、さっきおまえの怒号が聞こえたんだが、もしかしてまた和己が何かしたのか?」
 冴に聞かれて祐樹は深いため息をついた。
「兄貴が俺たちについてきてご挨拶をするとか寝ぼけたことを言っていたから、腹に一発食らわせてきた」
「またか」
「しかも手土産にお菓子まで焼いていたんだぞ。まったく油断もすきもあったものじゃない。たぶんしばらく動けないからついてこられないはずだ」
「仕方がないなあ、和己は。祐樹が怒るのもわかるけど」
 そういう彼女も自分の兄には幾度となく迷惑を被っているので、兄に同情することはなかった。


 遊園地のある駅に着くと、改札の向こうにはもう他のみんながいた。いつもブレザーの制服の友人がみんな私服なのでなんか新鮮な気がする。
 女の子たちも思い思いの装いで着飾っていた。冴が女の子たちに手を振りながら近づくと、その中の一人が冴に向かって口を尖らせた。
「えー、冴、なんでジーンズはいてくるのよ。こないだ一緒に買い物行ったときに買ったワンピースどうして着てこなかったの? せっかく似合ってたのに」
「だってあれひらひらしていて動きにくそうだし汚れそうだったから。遊園地だと動き回るからズボンのほうが動きやすいと思って」
「そういうとこが冴らしいんだけどねえ」
 彼女は頭に手を当ててふうとため息をついた。
 女の子たちの様子を見ていた祐樹は視線を自分の友人たちに戻した。
「そういえばチケットは大丈夫なのか?」
 秋郷がここにしようといったのは自分がチケットを手配できるといったからだ。彼は得意げに人数分のチケットを目の前にかざした。
「どうだ、フリーパスの特別優待券人数分用意したぞ」
「すごいな。どうしたんだ?」
「知り合いがここで働いていて、チケットを譲ってくれたんだ。すごいだろ」
「さすがだな、秋郷」
 女の子との集団デートということで張り切ったらしい。みごとチケットを入手した彼は皆にそれぞれチケットを渡して配った。
 遊園地の正面ゲートをくぐり中に入ると、遊園地は日曜日ということでだいぶ人で混み合っていた。家族連れから、カップル、友達同士、たくさんの人々が遊園地を楽しんでいる。
 遊園地に入る前から一人うきうきしていた太一が、待ちきれないといった様子で先頭を駆け出した。
「早くーっ! まずは絶叫系で行きましょうよーっ!」
「こらっ、一人ではしゃぐな!」
 ジェットコースターめがけて走る太一の背中に制止の声を飛ばす。だが彼ははやくはやくとみんなをせかした。
「ったく、あいつが一番浮かれてんじゃないのか? 完全に目的忘れているな」
「目的ってなんだ?」
 祐樹の素直な問いかけに秋郷が思わずずっこける。
「おまえなー、女の子たちと仲良くなることだろ。太一は自分ひとりではしゃいでいるし、お前はお前で目的忘れているし、大丈夫かよ」
「そっか。ごめん」
 女の子たちといえばかたまって地図を見ながらどこからいきたいかと騒いでいる。彼女たちもやはり絶叫系が気になるらしい。
 その意見を聞いて秋郷が今回のまとめ役として決定を下した。
「太一もうるさいし、まずはジェットコースター系から行くとしますか」
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