ミラーハウス、という名前の通り、そこは一面の鏡世界だった。幾重にもうつった自分の姿を見ていると、自分というものが不確かになっていく。
 迷路の中は薄暗く、ところどころで赤や青のライトが足元を照らしている。
「うーん、みんなで動くのもなんだから、何人かに分かれようぜ」
 そういって秋郷は勝手に組み分けをした。
「それぞれとなりにいる奴と一緒に行くように。ということでよろしく、響子ちゃん」
「ちょっと、なんで私があなたと・・・・・・」
 彼女の言葉を聞こうともせず、腕をつかんでじゃあな、と先にいってしまった。
 秋郷のやつ、ああいうのが好みなのか。ああいう気の強そうな彼女だと付き合うのも結構大変だと思うけど。
「じゃあ、僕も行くね」
 ひらひらと手を振って、太一が髪の長い女の子と一緒に続いた。
「となると、私は裕樹と一緒ということになるのかな?」
「・・・・・・そうみたいだね」
 後ろを見ると陽菜という女の子が高木をおそるおそる見上げている。彼女はかなり小柄なので、身長の高い高木がかなりの大男に見えるのかもしれない。
「高木、どうする?」
「いいんじゃないか。俺たちはこっちにいく。またあとでな」
 そういって彼らは別の方向へ歩いていった。
 取り残された二人はどうすべきかと悩んでいた。だが悩んでいても仕方がない。
「行くしかないか。あいつらに遅いと文句言われるのもいやだし」
「そうだな、うん、行こう!」
 歩いていくと道があると思ったのにそこは鏡だったり、冴だと思ったのが鏡に映った虚像だったり。二人は歩きながら鏡に翻弄されていた。
「外から見た限りは余り広くなさそうだったけど、結構迷うな」
「そうだな、みんなはもう出口にたどり着いたかな」
 そのとき、どこからか聞き覚えのある声が二つ聞こえてきた。怒り気味の女の子の声と、それをなだめる男の声。
「アレは・・・・・・・」
 いやな予感がして裕樹は顔をしかめた。
「響子の声だ。まだ中にいるみたいだな」
 最初に飛び込んで行ったにもかかわらず、まださまよっているらしい。しかも沢木が秋郷に対してとめどなく文句を言っているようだ。
 だが彼らが迷路のどこにいるかわからないので助けることもできない。そのためとりあえず関わらないことに決めた。
「鏡って面白いな。こんなに自分がいっぱいいるなんて」
 冴が鏡に手をつきながらつぶやいた。鏡の中の彼女が鏡越しに手を合わせている。そしてその後ろには幾重にも彼女の姿が続いていた。
 その鏡に自分の姿が映っている。裕樹はその虚像をじっと見つめた。
 鏡の中で彼女と自分が並んでいる。それは偽りでもなんでもなくて、今の彼らの姿を映し出しているに過ぎない。だけど真実を映し出しているからこそ、目をそらしたくなる。
 鏡の中にはっきりと映っているのは自分と彼女との差。
 背の高い彼女に比べて、自分は彼女の目線ぐらいしか身長がない。いつからこんなに差がついてしまったのだろう。
 小学校に入ったときは同じくらいだったはずだ。だが成長するにつれて彼女のほうが大きくなって、その差は年々大きくなっていった。
 それと同時に彼女は女の子らしくなっていく。
 小学校を卒業する頃には頭一つ分は差ができていたっけ。
 中等部に入ってから幾分背が伸びてきたとはいえ、まだこれだけの差がある。並ぶと彼女を見上げないといけないのはかわらなかった。
 いつになったら追いつけるのだろう。果たして本当に追いつけるのだろうか。
 こぶしを握り締め、裕樹は唇をかんだ。
 そうだ、この差が俺と君との距離。越えられない壁がそこにある。
 ちっぽけなことだと思うけど、でもそれは自分を縛り付けていた。
 鏡の中の二人の間ににゅっと黒い影が割り込んできた。なんだ、と後ろを振り返ると、そこには高木が立っていた。
「どうしたんだ。・・・・・・あれ? お前一人か?」
 問いかけると困ったように彼は頭に手をやった。
「あの子見なかったか? ちょっと目を離したらいなくなってしまったんだ」
「いや、誰も見てないが」
 よく見れば高木の頬にうすく汗がにじんでいる。
「陽菜とはぐれちゃったの?」
「ああ、すまない。俺がうっかりしていた」
 冴の問いかけに高木は申し訳なさそうに頭を下げた。
「まだこの中にいるはずだ。一緒に探すよ」
「いや、俺は一人で探す。もし見つけたら一緒に出口に連れて行ってくれ」
 頼む、と言い残して、彼はまた鏡の迷宮へと消えていった。
「陽菜、泣き虫だから大丈夫かな」
 心配そうな冴だが今のところ自分たちも出口を見つけていないのでどうしようもできない。
「高木は頼りになるから任せておいて大丈夫だ。俺たちも探しながら先に進めばいい」
「そうだな、そうするしかないか」
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